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2014年1月5日日曜日

マドンナ / バーニング・アップ


Madonna

Madonna(1983年リリース)
①Lucky Star ②Borderline ③Burning Up ④I Know It ⑤Holiday ⑥Think Of Me ⑦Physical Attraction ⑧Everybody

【アルバムについて】
⑧でデビューをしたマドンナは⑤のヒットで徐々に注目を浴び、②、①とシングルカットをした曲がどれも話題となっていった。俺も⑤で最初に知ったのだけど、まだ洋楽の熱心なリスナーが早めに飛びついただけで、実際に脚光を浴びたのは2枚目のアルバム『ライク・ア・ヴァージン』からだったと記憶している。このアルバムではまだあか抜けない感じの彼女の姿が初々しく、音作りもローカルなディスコ・ミュージックといった趣だが、それまでのポップ・ミュージックとは明らかに違う何かを当時は感じていた。1983年から1984年頃の全米チャートでは、当時20代の女性シンガーのヒット曲というものが少なかったもしくは無かったというのも好機だったような気がする。しかし当時はまさか30年経った今も第一線で活躍し、影響を与え続けるアーチストになるなんて思いもしなかった。

【オススメ度】★★★★★
マドンナの代表作といえば『ライク・ア・ヴァージン』とか『トゥルー・ブルー』だったり、最近だと『コンフェッションズ・オン・ア・ダンスフロア』だったりすのだけど、俺はリアルタイムで聴いたこのアルバムこそ最高傑作だと思っている。上でも書いたが郊外からニューヨークに出てきたあか抜けなさと時代的なディスコ・ミュージックはこのアルバムだからこそ味わえるもので、次作『ライク・ア・ヴァージン』からはもう見事に計算しつくされたものとなってしまっているからだ。しかも代表曲だらけだし、これを知らずにマドンナを聴くのはもぐりだと断言してもいいだろう。(h)

【kakudayaの感想】
80年代のMTVとか当時は子供で全然リアルタイムでの体験ではないし、マドンナなんて無修正の写真集発売とか芸能ニュースで取り上げられるゴシップネタでしか知らなかった。音楽業界に限らず、現在に至るまでの彼女の精力的な活動が与えた影響が凄まじいものであることは想像に難くないが、何となくでしか理解できない。所謂自作自演するような女性ミュージシャンは大好物なんですけど、ポップアイコンみたいな存在には興味が持てないようです。なのでチッコーネ・ユースでも聴きます。




Madonna / Borderline

2013年11月24日日曜日

アンダーワールド / アンダーニース・ザ・レイダー


Underworld / Underneath the Radar

Underworld / Underneath the Radar(1987年リリース)
①Glory! Glory! ②Call Me No.1 ③Rubber Ball (Space Kitchen) ④Show Some Emotion ⑤Underneath the Radar ⑥Miracle Party ⑦I Need a Doctor ⑧Bright White Flame ⑨Pray ⑩The God Song

【アルバムについて】
80年代前半に前身となるバンドを経て、1986年に結成されたアンダーワールドは、トンプソン・ツインズのトム・ベイリーによるプロデュースでアルバム・デビュー。1988年にセカンド・アルバムを出すがさほど話題になることもなく、3枚目のアルバム・レコーディング中にレーベルから契約を切られる。そしてのちに今の形態となるテクノ、エレクトロニカを打ち出した音へと路線変更をし、映画「トレインスポッティング」で有名になった「ボーン・スリッピー」の世界的ヒットによって誰もが知るところとなる。この1stアルバムは80年代特有のエレポップといった趣で、リアルタイムでこの手の音を聴いた俺にも、どこに売れる要素があるのかまったく分からない。そして今のアンダーワールドからはかなりかけ離れたイメージのアルバムでもある。ただ、現時点での最新作"Barking"を作成するにあたって、メンバーはこのアルバムを久々に聴きなおしてインスピレーションを得たようなので、彼らにとっては根柢は変わっていないのかもしれない。

【オススメ度】★☆☆☆☆
とんだB級アルバムw アンダーワールドのアルバムなら全部持っておきたいという人向けであって、2,3枚聴いたところで興味本位で手を出すと失敗すること間違いなし。でも80年代のヒューマン・リーグやソフト・セルなんかのエレポップ的な音が聴きたいのであれば聴いてみてもいいのでは!?それと、上の文章で「リアルタイムでこの手の音を・・・」と書いたけど、当時また彼らのことは全く知らなかったのでこのアルバムを聴いたわけではありません。勘違いなさらなうように。(h)

【kakudayaの感想】
教科書的な話になっちゃうけど、ケミカル・ブラザーズの『さらばダスト惑星』('95年)辺りから始まり、プロディジーの『ザ・ファット・オブ・ザ・ランド』('97年)でスゴくブレイクして、テクノといわれるような音楽が日本のロックファンにも受け入れられるようになったんだよね。デジロック、デジタルロックなんてどうしようもない言葉も日本で生まれた。その流れの中でも映画「トレインスポッティング」('96年)で使われた「ボーン・スリッピー」(Born Slippy .NUXX)はまた格別だったけど、個人的にはルックス含め、プロディジーが大好きだったな。でもプロディジーにしてもアンダーワールドにしても、当時は過去に遡ってまで聴く気ほどハマらなかった。今回YouTubeで聴いてみて、嫌いじゃないけどそれでよかったと思ってる。



2013年11月3日日曜日

ジェーンズ・アディクション / ナッシングス・ショッキング


ジェーンズ・アディクション / ナッシングス・ショッキング

Jane's Addiction / Nothings Shocking(1988年リリース)
①Up the Beach ②Ocean Size ③Had a Dad ④Ted, Just Admit It... ⑤Standing in the Shower... Thinking ⑥Summertime Rolls ⑦Mountain Song ⑧Idiots Rule ⑨Jane Says ⑩Thank You Boys ⑪Pigs in Zen

【アルバムについて】
ジェーンズ・アディクションについては、中心人物のペリー・ファレルがアメリカ各地をツアーするロックフェスティバル『ロラパルーザ』を立ち上げたことや、ギタリストのデイヴ・ナヴァロがレッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下RHCP)に参加するなど、バンドよりもメンバー個人の活動の方が有名だったりするのではないだろうか。

ジェーンズ・アディクションは1987年にライヴ録音のセルフタイトルアルバムをリリースしており、この『ナッシングス・ショッキング』は正確にはこのバンドの1stアルバムではなく、初のスタジオアルバムということになる。RHCPやフィッシュボーン、リヴィング・カラー、フェイス・ノー・モア辺りを連想するごった煮なハードロックサウンドではあるが、デイヴのギターとよくわからんふわふわしたグルーヴ、そしてペリーの唯一無二のヴォーカルがバンドの個性を特徴づけている。ちなみにRHCPのフリーやフィッシュボーンのアンジェロなどが⑧でホーンセクションを担当しており、当時のシーンのバンド同士の繋がりを感じる。

【オススメ度】★★★★☆
2枚目のスタジオアルバム『リテュアル・デ・ロ・ハビテュアル』を1990年にリリース後、バンドは解散してしまう。その後、ペリーのポルノ・フォー・パイロス結成やデイヴのRHCP参加などの紆余曲折あり、メンバーの出入りがありながらも再結成と活動停止を繰り返す。再結成後も精力的に作品をリリースしているが、ポルノ・フォー・パイロスなども含め、初期のアルバムを上回る評価は得られていない。従って最初に聴くアルバムとしてはこの『ナッシング~』か、より完成度の高い『リテュアル~』のどちらかが良いと思う。(k)

【hiroumiの感想】
上でkakudaya氏が書かれているように、ジェーンズ・アディクションというとロラパルーザだったり、デイヴ・ナヴァロがレッチリにとか、そういうイメージの方が強くて、肝心の音楽についてはあまり知らない。このデビュー・アルバムは当時の友達が持っていたから聴かせてもらったが、1988年のまだ二十歳の俺には後のオルタナティヴ系のバンドは受け入れることができなかったというのが実際のところだった。アメリカにおいては、まだメインストリームな音楽の方が聴かれていた時期だったと思うし、俺もそんな音楽を追いかけていた1人だった。分かり易く言うと、その頃出たレッチリの『母乳(Mother's Milk)』をあまり受け入れることができなかったんだから、このアルバムならなおさらでしょ?分かる人だけに言うけど。



2013年10月27日日曜日

パブリック・エナミー / Yo! Bum Rush the Show


Public Enemy / Yo! Bum Rush the Show

Public Enemy / Yo! Bum Rush the Show(1987年リリース)
①You're Gonna Get Yours ②Sophisticated Bitch ③Miuzi Weighs A Ton ④Timebomb ⑤Too Much Posse ⑥Rightstarter (Message To A Black Man) ⑦Public Enemy No.1 ⑧M.P.E. ⑨Yo! Bum Rush The Show ⑩Raise The Roof ⑪Megablast ⑫Terminator X Speaks With His Hands

【アルバムについて】
俺のヒップ・ホップ、とりわけラップの認識は黒人たちが抱える差別や貧困などの問題を早急に世に訴えるための手段だと思っている。呑気に歌なんか歌ってらんねえんだよ、しゃべった方が早いんだよ!と言わんばかりの言葉の応酬。オールド・スクールのグループは特にそう思うし、その筆頭がパブリック・エナミー(以下PE)なんじゃないかと。そんな彼らのデビュー・アルバムは後のアルバムと比べると、ヒップ・ホップ黎明期のようなリズム重視のトラックが多く、まだ先に書いた問題重視のリリックよりも自分たちの存在をアピールしている段階という感じがする。⑦なんてまさにそう!ヒップ・ホップグループの「俺たちが1番!」という自己主張はそんなに好きじゃないのだけど、PEなら仕方ないと思ってしまう。だって1番なんだもん。

【オススメ度】★★★★☆
PEを聴くならやはり2ndの"It Takes A Nation of Millions To Hold Us Back"を筆頭に挙げないとならないでしょう、そして次に"Fear Of a Black Planet"を聴くべきで、このアルバムは3番目ぐらいにしても良いと思うが、先の2枚があまりにも強烈なので逆に印象が薄くなってしまうかもしれない。(h)

【kakudayaの感想】
B-BOY的なファッションや、暴力的なギャングスタラップがニガテなんです。クラブ文化も。だから所謂ヒップホップと呼ばれるような音楽や文化に対し、積極的に聴こうとか関わろうとか思わないんですよね。残念ながら。ナード気質なんで、勝手な被害妄想です。つまり、ウジウジ内向的なグランジが大好きってことですね。



2013年10月13日日曜日

スペースメン 3 / Sound of Confusion


Spacemen 3 / Sound of Confusion

Spacemen 3 / Sound of Confusion(1986年リリース)
①Losing Touch with My Mind ②Hey Man ③Rollercoaster ④Mary Anne ⑤Little Doll ⑥2:35 ⑦O.D. Catastrophe ⑧Walkin' With Jesus ⑨Rollercoaster(Live) ⑩Feel So Good ⑪2:35 (Demo)


【アルバムについて】
1982年に結成したスペースメン3は1986年にこのアルバムでデビューした。60年代のガレージ・ロックのような音で③は13thフロア・エレベーターズ、④はジューシー・ルーシー、そして⑤はザ・ストゥージズのカバーというところからもガレージ度が伝わってくる。ついでに言うと⑦はやはりザ・ストゥージズの"T.V.Eye"をモチーフとした曲だろう。2枚目のアルバム以降はサイケデリック色が強くなり、ドローン系のバンドとなっていく。なお、CDのボーナストラックに収録された⑨のライヴ・バージョンは圧巻で、17分あるうちの後半10分以降からはずっと同じリフが繰り返されるという、ちょっとしたトリップ気分も味わえる(しかもフェイドアウトで終わるとか、実際に何分ぐらいやったんだよ)。シューゲイザー的側面もあって、もし1991年にバンドが消滅していなかったらもっと多くの聴き手を獲得できたんじゃないかと思う。

【オススメ度】★★★★★
1989年ごろ、当時の友人のところへ遊びに行った時に聴かされて「こういうの好きでしょ」と言われたことだけをよく覚えている。でもどのアルバムだったかは覚えていない。彼らのアルバムはどれも好きなんだけど、今でも頻繁に聴くのはやはりこのアルバムなので、これをいちばんにオススメしたい。分かり易いってところもあるからね。(h)

【kakudayaの感想】
90年代、音楽の情報源と言えば専らロッキング・オンやクロスビートといった洋楽誌で、即ち俺は音楽情報を活字から得ていた(その次に情報源となったのがtvkの音楽番組で、その次は数少ない友達)。従ってスペースメン3に関しては、スピリチュアライズドのジェイソン・ピアースの居たバンド、という情報を活字で得ていたのみであった。その当時、スピリチュアライズドを少しだけ聴いて興味が持てなかった俺が、スペースメン3に辿り着くことは今日までなかったのだ。今回、このようなオチのない文章を書かせていただいたことを好機と捉え、スピリチュアライズドの『宇宙遊泳』をもう一度聴き直してみようと思った。



2013年10月6日日曜日

ザ・ポウジーズ / フェイラー


ザ・ポウジーズ / フェイラー

The Posies / Failure(1988年リリース)
①Blind Eyes Open ②The Longest Line ③Under Easy ④Like Me Too ⑤I May Hate You Sometimes ⑥Ironing Tuesdays ⑦Paint Me ⑧Believe in Something Other (Than Yourself) ⑨Compliment? ⑨At Least for Now ⑩Uncombined ⑪What Little Remains

【アルバムについて】
中心人物であるジョン・オウアとケン・ストリングフェロウが作成したカセットテープが、後にシアトルのインディレーベルPopLlamaからリリースされた。それがザ・ポウジーズの1stアルバム『フェイラー』だ。パワーポップとかネオアコ/ギターポップとかのカテゴライズはよくわからないけど、ザ・ビートルズからウィーザーに至るまで、胸キュン(死語)するようなメロディを求めてる人に自信をもってお勧めしたいバンドのひとつ。

この1stアルバムに封入された宅録っぽいサウンドのチープさは気になるほどのものではないと思うが、残念ながら楽曲そのものはまだ未成熟である点は否めない。しかしながら、その才能の片鱗は確実に見え隠れし、⑤などはライヴの定番曲となっている。商業的には成功を収めたと言い難い彼らだが、2010年には7thアルバム『ブラッド/キャンディ』をリリースし、2011年には来日公演も果たしており、今後の活動にも期待したい。

【オススメ度】★☆☆☆☆
まずは3rdアルバム『フロスティング・オン・ザ・ビーター』を聴いてみて欲しい。話はそれからだ。因みにこの3rdアルバムのプロデューサーはドン・フレミング。(k)

【hiroumiの感想】
シアトルのインディレーベルからというので、てっきりグランジかと思って下のYouTube(⑤)を聴いたらまるで俺が80年代に親しんだポップ・ミュージックのようで面食らった。ずいぶん爽やかなんだけど、きっとこれ1曲で判断したら痛い目にあうんじゃないかと思われるのだが、ウィーザーが引き合いに出されるあたりはもしかしたらもしかするw いいじゃんこれ。



2013年9月1日日曜日

デフ・レパード / オン・スルー・ザ・ナイト


Def Leppard / On Through The Night

Def Leppard / On Through The Night(1980年リリース)
① Rock Brigade ②Hello America ③Sorrow Is A Woman ④It Could Be You ⑤Satellite ⑥When The Walls Came Tumbling Down ⑦Wasted ⑧Rocks Off ⑨It Don't Matter ⑩Answer To The Master ⑪Overture

【アルバムについて】
デフ・レパードがデビューした時はNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・へヴィ・メタル)の担い手としてアイアン・メイデンやサクソンと共に出てくる名前だったが、今の耳で聴くとへヴィ・メタルという感じはしない。だけど俺の記憶では80年代最初の頃はこれがへヴィ・メタルと言われた音だった。アイアン・メイデンだって初期の音はスカスカだしねw バンドメンバーたちはNWOBHMに括られるのは嫌だったようで、それは後の3枚目のアルバム"Pyromania(邦題『炎のターゲット』)"や4枚目の"Hysteria(邦題『ヒステリア』)"といったアルバムの世界的大ヒットによってメロディックなハード・ロック・チューンを主体とした独自の路線を突き進むことになる。デビュー時からすでにアメリカのマーケットを意識していたのかなと②のタイトルから思ったりするけどね。ただアイアン・メイデンやサクソンと言ったバンド達と比べると、デフ・レパードのデビュー時というのはあまり話題にはなっていなかったかもしれない。このアルバムだって日本盤が出たのは後に『炎のターゲット』がヒットしてからじゃなかったかな。そこはちょと記憶が曖昧だけど。

【オススメ度】★★★☆☆
本文にも書いた『炎のターゲット』や『ヒステリア』を聴いて好きになった人だったら聴くべきアルバムではあるが、最初の1枚としては全くオススメしない。余談だが、このアルバムのタイトルとなっている"On Through The Night"という曲が2枚目の"High'N'Dry(邦題『ハイ&ドライ』)に入っているが、改めて聴いてみてデビューアルバムの色とはちょっと違うから2枚目に入れたのかなと思った。(h)

【kakudayaの感想】
俺が学生時代にメタルな友人からHR/HMの手ほどきを受けるために借りたCDのうちの一枚が、デフ・レパードの『ヒステリア』だった。他にはボン・ジョヴィ、ストライパー、グレイト・ホワイト、ナイト・レンジャーなど。で、デフ・レパードと言えば、やっぱり『ヒステリア』収録の「アーマゲドン・イット」の空耳と、あとはドラマーのリック・アレンが片腕なのにスゲェ!ってぇのと、えーと、あと何だろ…。うーんと、とりあえず初期の頃はオーソドックスなハードロックだったんだなぁという感想です。



2013年8月4日日曜日

ブラック・フラッグ / Damaged


Black Flag / Damaged

Black Flag / Damaged(1981年リリース)
①Rise Above ②Spray Paint ③Six Pack ④What I See ⑤TV Party ⑥Thirsty And Miserable ⑦Police Story ⑧Gimmie Gimmie Gimmie ⑨Depression ⑩Room 13 ⑪Damaged II ⑫No More ⑬Padded Cell ⑭Life Of Pain ⑮Damaged I

【アルバムについて】
USハードコア・パンクを聴くなら必須の1枚。1976年に結成されたにも関わらず、最初のアルバムが出たのは1981年。それまでに何度もメンバーチェンジを行い、ヘンリー・ロリンズですでに4代目のヴォーカリストである。それまで全米をくまなく回りライヴに明け暮れ、Do It Yourself の精神を貫いたことでその後のインディー・バンドの基盤を作ったのは彼らであることは間違いない。このアルバムではハードコア・パンクというだけでなく、後のグランジにも通じる重さが加わった唯一無二の存在となっている。

【オススメ度】★★★★★
これを聴かないのであればUSハードコアは聴いていないに等しいと思う。続く"My War"ではすでにハードコアという枠を超えてしまっているが、このアルバムはそれまでのシングル中心のパンクとのバランスが絶妙だ。とにかく聴いとけ。(h)


【kakudayaの感想】
俺が初めて聴いたハードコア。インディペンデントとかD.I.Y.とか大事だけど、そういうのを全てどうでも良いと思わせる勢いが本当に凄まじい。マッチョとかストロングスタイルとかパワーバイオレンスとかいう言葉とは距離を置きたいナード気質な俺だけど、大好きです。





2013年7月7日日曜日

ペット・ショップ・ボーイズ / ウエスト・エンド・ガールズ


Pet Shop Boys / Please

Pet Shop Boys / Please(1986年リリース)
①Two Divided By Zero ②West End Girls ③Opportunities(Let's Make Lots Of Money) ④Love Comes Quickly ⑤Suburbia ⑥Opportunities(Reprise) ⑦Tonight Is Forever ⑧Violence ⑨I Want A Lover ⑩Later Tonight ⑪Why Don't We Live Together?

【アルバムについて】
元雑誌社の記者と学生だった2人が同じペットショップで働いていたことがあったという理由でこのグループ名になったそうだが、このアルバムが出た当時はイギリスではかなり辛口な評価だったと思う。俺もきっとアルバム1枚か2枚で終わるだろうなと思っていたが、まさか今も活動しているとはね。「ゴー・ウエスト」が代表曲のようになっているけど、このような曲を期待してこのアルバムを聴くと恐らく失敗したと思う事だろう。80年代半ばも過ぎるとヒットチャートにはダンス系の楽曲が多くなってきたが、その中においてこの暗さははっきり言って浮いている。だけど俺は当時②や④のヒットのおかげでこのアルバムを聴くことができたし、1986年のアルバムの中でも上位に入るクオリティだと思っている。

【オススメ度】★★★☆☆
最近の作品かベストを聴けばいいんじゃないかと思う。(h)

【kakudayaの感想】
シンセサイザーとかドラムのサウンドがどうしても80年代を思い起こさせてしまう。当時、こんなラップはさぞ新鮮だったのではないでしょうか。




2013年6月9日日曜日

ティアーズ・フォー・フィアーズ / ザ・ハーティング


Tears For Fears / The Hurting

Tears For Fears / The Hurting(1983年リリース)
①The Hurting ②Mad World ③Pale Shelter ④Ideas As Opiates ⑤Memories Fade ⑥Suffer The Children ⑦Watch Me Bleed ⑧Change ⑨The Prisoner ⑩Start Of The Breakdown

ティアーズ・フォー・フィアーズ(以下TFF)の2人の写真を最初に見たのは彼らの大ヒットした2ndアルバム"Songs From The Big Chair(邦題『シャウト』)"で、それを見た時に俺は何故かこの2人をナイーブな人たちなんじゃないかと思った。なぜそう感じたのかは今では覚えていないが、それはこの1stアルバムを聴いて、あながち外れてはいないなと思った。

TFFの2人、ローランド・オーバザルとカート・スミスは共に両親が離婚した家庭で育ち、学生時代に意気投合してバンドを始めたという。片親しかいないというのが2人にとってはある種のトラウマだったのか、この時期の彼らの音楽の原動力となっていたそうだ。それがこの1stアルバムには表れていて、曲のタイトルからもハッピーな要素はどこにもない。アルバム・タイトルからして「痛めつけること」だし、そのせいかどうしても全体的に「痛み」を伴う雰囲気に覆われているような印象を受ける。俺はその内省的な内容はジョイ・ディヴィジョンに通じるものがあると思っているけど、両者の見られ方かして、これは多くの人に否定されそうな気がする。ジャケットは⑥に合わせているのだろうか。発表当時は川辺で佇む2人の写真だったけど、いつのまにか変更されていた。そんな内容ではあるけど、イギリスでは②③⑥がヒットしたことでアルバムも1位を記録した。俺は『シャウト』でTFFを知り、最初はレコードをレンタルしたきたのだけど、モノクロの2人のポートレートが好きですぐに輸入盤のアルバムを買ってきた。それと同じころにこの1stアルバムも聴いたけど、TFFの本質を感じたのは1stだったような気がする。シンセポップとアコースティックをうまくミックスした楽曲の切なさと暗さ、それは俺が最初に『シャウト』のジャケットを見て感じたTFFの2人のナイーブな青年という印象と見事にイコールで結ばれたのだ。

その後、彼らは音楽性に行き詰って、たまたま見て気に入った黒人シンガーを入れて"The Seeds Of Love(邦題「シーズ・オブ・ラヴ」)"をリリースしてこれも大ヒットさせたけど、以降はローランドとカートの仲が悪くなってカートが脱退という最悪なことが起こってしまった。ローランドがTFFの名前を引き継いでアルバムを出していたけど、正直俺にはもはやTFFでは無いように感じてしまい、すっかり聴かなくなってしまった。実を言うと、『シーズ・オブ・ラヴ』も出た時にすぐにアルバムを買ったけど、いまいちなじめずすぐに手放してしまった。だから俺にとってはTFFは最初の2枚だけで止まったようなものだったし、きっと俺と同じような人が世界中にたくさんいるんじゃないかと思っている。しかし2000年以降に2人が接近している噂を聞き、それが現実のものになったのは驚いた。2004年に15年ぶりに2人揃ったアルバム"Everybody Loves A Happy Ending"をリリースしたのだから。俺は数回しか聴いていないけど、やはり2人揃ったTFFってだけで印象がはるかに違う。しかも「誰もがハッピーエンディングが好き」と言えるなんて、初期の悩み多き青年たちも大人になったんだなと、勝手なことを思ったりする。

先にも書いたように、TFFは恐らくこのアルバムで言いたいことをすべて言ってしまったのかもしれない。アルバムには収録されていないが、これに続く"The Way You Are"という曲をシングルで出したもののそれはヒットせず、すでにここで一旦リセットして『シャウト』に繋げている。そして『シーズ・オブ・ラヴ』でも同じような流れだから、限界がきたのもうなづける。だからTFFの最初の3枚のアルバムはすべてタイプが違うのも当然。音の重さは『シャウト』だけど、楽曲の儚さ、切なさは『ザ・ハーティング』だろう。俺はこのどちらも好きなので、そろそろ20数年ぶりに『シーズ・オブ・ラヴ』を聴きなおして再評価したいなと考えている。(h)

【イチオシの曲】Pale Shelter
このアルバムの楽曲はどれも素晴らしいんだけど、一番切なさが伝わってくるのはこの曲かな。それはただ単に音の感じがって意味で。ヴォーカルはカート・スミス。興味がある人は他に"Change"と"Mad World"なんかも試聴してみるといいと思う。ちなみに本文で触れた"The Way You Are"という曲はこのアルバムのボーナストラックとして今は聴くことができる。


2013年5月26日日曜日

ザ・パワー・ステーション / The Power Station


The Power Station

The Power Station(1985年リリース)
①Some Like Hot It ②Murderess ③Lonely Tonight ④Communication ⑤Get It On (Bang A Gong) ⑥Go To Zero ⑦Harvest For The World ⑧Still In Your Heart

デュラン・デュランのギタリストであるアンディ・テイラーの最大の功績のひとつはザ・パワー・ステーションを結成したことなんじゃないかと俺は思っている。イケメン揃いのデュラン・デュランは派手なPVでヒットを飛ばすも、やはりどこかでアイドル・バンドのような印象を拭えなかったけど、ザ・パワー・ステーションのこのアルバムが出たことで、アンディってギターバリバリ弾けるじゃんって思ったし、何よりも中高生だった当時の洋楽ファンにロバート・パーマーという素晴らしいヴォーカリストを教えてくれたわけだし。黒くてハードだけどソウルフルな楽曲はあの時代を過ごした10代の人間にとってはカッコ良すぎた。

デュラン・デュランが3枚目のアルバム『セブン・アンド・ザ・ラグド・タイガー』に伴う世界ツアーを終了させ、グループは小休止状態に入った。その時にアンディ・テイラーは彼が憧れていたロバート・パーマーに声をかけてレコーディングが実現したそうだ。メンバーはデュラン・デュランからジョン・テイラーも参加し、ドラムにはシックのトニー・トンプソン、そしてプロデュースはこれまたシックのバーナード・エドワーズという、いわゆるスーパー・グループだったわけだが、当時の俺はそのメンバーの素晴らしさがまだ分かってなかったのは言うまでもない。そして①の重いドラムの音と、パーマーの "Are You Gonna Do It?" と繰り返される渋いヴォーカルにすぐに打ちのめされた。割とすぐに貸しレコード屋に行ったと記憶している。当時の俺は意識していなかったけど、ドラムの音が重い曲が好きだった。例えば当時だとデフ・レパードの『炎のターゲット』なんかはレコードを買ったのだが、ドラムの音はかなり処理しているような発言を当時読んでいた。それと同じものをこのアルバムからは聴き取れる。ゲートリヴァーヴって言ったけかな、この音処理。

個人的には①はもちろん②の腰にきそうな重さや⑤のT-Rexの有名すぎる曲のカバー、そしてパーマー作の⑥がキラーチューンで、⑤なんてオリジナルよりも良いカバーなんじゃないかって思っている。そして⑦ではアンディのヴォーカルも聴くことができる。アルバムはアメリカのキャッシュボックス誌で最高7位ぐらいだったかな、当時はマドンナの『ライク・ア・ヴァージン』やプリンスの『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』、ティアーズ・フォー・フィアーズの『シャウト』、フィル・コリンズの『ノー・ジャケット・リクワイアード』なんかが上位にいた。ザ・パワー・ステーションとしてはアルバムもヒットしたけど、これがきっかけでロバート・パーマーの後の『リップタイド』が大ヒットしたのだろうと思う。しかしこのグループ、同年のライヴ・エイドではヴォーカルがマイケル・デ・バレスという人に代わってしまった。なんでもパーマーはレコーディングだけの契約でライヴをやるつもりはないという、なんともガッカリな話だった。俺は2枚目のアルバムを期待していたのだけど、ライヴでのそういう話があったからきっとアルバムは出ないのだろうと思っていたからまさか11年後の1996年に2枚目のアルバム"Living In Fear"が出るなんて思いもしなかった。成熟されたザ・パワー・ステーションって感じで、1stのようなインパクトはないし、俺も当時でたCDシングルを輸入盤で早々に買ったもののほとんど聴いていなかった。

じゃあ3枚目は?と言いたいところだけど、これはもう絶対にない。なぜならバーナード・エドワーズは2枚目のアルバムの直前に東京で死去(シックのライヴで来日公演中だった)、そして2003年にはトニー・トンプソンもロバート・パーマーも亡くなってしまい、デュラン・デュランのメンバーしか残っていないからだ。もう2度と再現ができないこのバンド、俺は今でもこのアルバムを聴くことが多いが、リアルタイムで体験できたことを本当に幸せに思う。(h)

【イチオシの曲】Some Like Hot It
俺はPV自体ほとんど見ていないからきっとFMラジオの番組で知ったのだと思う。トニー・トンプソンは確か、この年のライヴ・エイドでレッド・ツェッペリンのドラムを依頼されていたんじゃなかったっけ?それともツェッペリン解散前のジョン・ボーナム死去直後の話だったか、いまいち思い出せない。



2013年2月10日日曜日

スティーヴィー・ニックス / 麗しのベラ・ドンナ


Stevie Nicks / Bella Donna(1981年リリース)
①Bella Donna ②Kind Of Woman ③Stop Draggin' My Heart Around ④Think About It ⑤After The Glitter Fades ⑥Edge Of Seventeen ⑦How Still My Love ⑧Leather And Lace ⑨Ouside The Rain ⑩The Highwayman

映画『スクール・オブ・ロック』で舞台となる小学校の、堅物な女校長がバーで流れる⑥に酔った勢いで踊りだし、若いころに観たスティーヴィー・ニックスのライヴが最高だったと話すシーンがある。俺はこのシーンが実によくできているなと思ったのだけど、今の40代50代の人、特にアメリカではスティーヴィー・ニックスの存在はかなり大きかったんじゃないかと思うからだ。70年代にフリートウッド・マックに参加し、瞬く間にバンドの看板的存在となった彼女は多くの人にとってはある意味青春だったんじゃないかと。俺も80年代では好きな女性シンガーのひとりだったし。

70年代初頭に、恋人だったリンジー・バッキンガムとバッキンガム・ニックスというデュオで活動していたが、彼らの曲を聴いたミック・フリートウッドが自身のバンド、フリートウッド・マックに誘い込んだ。話によると当初はリンジーだけに声がかかったそうだが「スティーヴィーも一緒じゃなきゃ入らない」と言ったとかで2人そろっての加入となったらしい。このことが無かったらきっとスティーヴィー・ニックスという人は日の目を見なかったことだろう。2人が入ったフリートウッド・マックは音楽性がさらにアメリカナイズされたことにより一躍スーパーバンドとなる。特に「妖精のような」と形容されたスティーヴィーはすぐにバンドの顔となり1977年の『噂(Rumors)』では大ヒットを記録した。その後、彼女はソロ・アルバム用のデモの録音を始め、2年かけて創り上げていったのがこの『麗しのベラ・ドンナ』ということになる。

このアルバムではフリートウッド・マックのメンバーはまったく関与しておらず、トム・ペティやイーグルスのドン・ヘンリーなどがゲストとして参加している。俺が最初に聴いた彼女のアルバムは2枚目の『ザ・ワイルド・ハート』と3枚目の『ロック・ア・リトル』で、いかにも80年代の打ち込みやシンセサイザーが入った流行りの楽曲が並んでいたが、このアルバムではオーソドックスなアメリカン・ロックを聴くことができる。その中でもロック・タイプの⑥は代表曲であって、俺もかつて「ベスト・ヒット・USA」で見たライヴ映像でこの人に惹かれてしまったことを思い出す。当時の彼女のルックスや衣装などを含め「妖精のような」と言われたその存在感に圧倒された。ついでにあのハスキー・ヴォイスというかダミ声にも(笑)。

しかしフリートウッド・マックのアルバムでは数曲しか聴けない彼女のヴォーカルに物足りなさを感じるのに、いざこうして彼女のソロ・アルバムを聴くと、クリスティン・マクヴィーやリンジー・バッキンガムの曲が恋しくなるのはやはりあのバンドの持つマジックというものなんだろうか?もちろん彼女にも才能があるのは分かっているけど、シングル・ヒットした③や⑧はそれぞれトム・ペティとドン・ヘンリーとのデュエット曲で、グループや共演者によってさらに輝く人なんじゃないかと思う。そう考えると、人間関係がぎくしゃくしていた当時のフリートウッド・マックを脱退しなかったのもそういうことだったのだろう。

ところで、やはりこれは触れておかないといけないと思うのだが、妖精のようなという形容詞は間違っていないし、実際に美しい人であると思うけど、あのハスキーというかダミ声ヴォーカルは何でそんな喉つぶれているのって思っちゃうし、マック時代はコカイン中毒で苦しんでいたなんて話を聞くと結構アバズレだったんじゃないかって思ってしまうよね。でも実はいいところのお嬢さんだったようだけど、そのバランスがまた唯一無二の存在となんじゃないかと思う。(h)

【イチオシの曲】Edge of Seventeen




2012年12月23日日曜日

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ / The Red Hot Chili Peppers


The Red Hot Chili Peppers(1984年リリース)
①True Men Don't Kill Coyotes ②Baby Appeal ③Buckle Down ④Get Up And Jump ⑤Why Don't You Love Me ⑥Green Heaven ⑦Mommy Where's Daddy ⑧Out In L.A. ⑨Police Helicopter ⑩You Always Sing ⑪Grand Pappy Du Plenty

今ではスタジアム級のロック・バンドとなっているレッチリだが、多くの人はこのアルバムを後追いで聴いているものと思う。俺もそうだ。彼らがこのデビュー・アルバムをリリースしたのは1984年のこと。当時俺は高校1年生で、日ごろ聴いていたものは当時のヒット曲ばかりだった。この年に大ヒットしたアルバムといえばプリンスの『パープル・レイン』、ヴァン・ヘイレン『1984』、イエス『ロンリー・ハート(90125)』、U2『焔』、過去にここでも取り上げたスタイル・カウンシル『カフェ・ブリュ』やフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド『プレジャードーム』などがあった。これらのヒット・アルバムは日本でも雑誌などで紹介され、「ベスト・ヒット・USA」でPVなども見た。これらメインストリームの音楽を聴いていたのだから、日本盤もでなければ新人のミュージシャンであった彼らのアルバムの存在など知る由もなかったってことだ。

レッチリのオリジナル・メンバーはアンソニー・キーディス(Vo)、フリー(Bass)、ヒレル・スロヴァク(g)、そしてジャック・アイアンズ(dr)の4人であった。1983年にはEMIと契約を交わすが、その時点でヒレルとジャックの2人は他のバンドにヘルプで参加しており、そのバンドが他のレコード会社と先に契約していたため、EMIとの契約が出来なかった。そんな経緯からこのアルバムにはギターとドラムに別のミュージシャンを入れて録音している。ちなみにヒレルは2ndアルバムから、そしてジャックは3rdアルバムから参加し、3枚目の『ジ・アップリフト・モフォ・パーティ・プラン』が唯一のオリジナル・メンバーによる録音となった(この後ヒレルがオーヴァードーズで死亡するため、オリジナル・メンバーで残したアルバムは1枚のみということ)。さて、このアルバムだが、プロデュースはギャング・オブ・フォーのアンディ・ギル。アンソニーだかフリーだか忘れてしまったが、影響を受けたバンドにギャング・オブ・フォーがあったため、初のアルバムをリスペクトする人にプロデュースしてもらったはずではあったが、2人が考えていた音と、アンディの「聴きやすい音」という作りに乖離があり、2人にとっては不満の残るものとなってしまったようだ。エコーの使い方などは80年代ぽくて、そこに古さが垣間見えてしまうのがなんとも残念。

しかし楽曲自体は悪くないと思う。オリジナル・メンバー4人の共作という⑧は後々までライヴで披露されているし、元々はフリーのベースとアンソニーのラップの相性がよかったことがきっかけで始まったバンドであり、アンソニーのラップは早くもデビュー・アルバムで存分に聴くことができる。しかしこのアルバムで最も活躍しているのはフリーで、何気に聴いていてもついベースに耳がいってしまうぐらい目立っている。ちなみにベース経験の無かったフリーにプレイを教え込んだのはヒレル・スロヴァクだったそうだ。しかしそうは言っても、1984年というとラップはメインストリームではまだ市民権を得ていない。ましてや白人がロックに取り入れるなんてのはマイナーな存在だった。ビースティ・ボーイズがブレイクしたのが1987年だったことを考えると、あまりにも「早すぎる」アルバムだったわけだ。

参考までに、1986年に刊行された「世界自主制作レコードカタログ」という本が手元にあるのだが、ここに記載されたこのアルバムについての紹介文を見ても、アンディ・ギルのプロデュースにしてはオーソドックスな演奏で音がオフ・マイクで輪郭がぼやけていると書かれている。アナログの時代からそういう感じだったようだ。蛇足だが「LA出身の変態4人組」と書かれていて、ハチャメチャぶりもすでに伝わっていたようだ。

1988年にレッチリは『アビー・ロード・EP』をリリースしていて、あのアビー・ロードをほぼ全裸で渡っているジャケットは輸入盤屋でも目にすることが多くなって、名前が徐々に浸透していったのを覚えている。しかし俺は1989年の『母乳』で初めて彼らの曲を聴いたのだけど、ファンキーでロックな音にラップが乗った独特のノリがいまいちついていけなかった。その当時は「ミクスチャー・ロック」というジャンルで、ジェーンズ・アディスクションやフィッシュボーンなどと有名になっていった。そして1991年の『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』で世界的にブレイクしてからはもはや説明するまでもないだろう。(h)

【イチオシの曲】True Men Don't Kill Coyotes
本来ならオリジナル・メンバーによる"Out In L.A."を持ってくるべきかもしれないが、ここは記念すべきアルバムの1曲目を推したい。フリーのスラップ・ベースのイントロからアンソニーのラップに導かれるこの曲ではPVもあるらしい。「本当の男はコヨーテを殺さない」というのはどういうことかよく分からないけど、アンソニーの男根主義的な思想なのかなと勝手に想像している。

2012年12月16日日曜日

ソニック・ユース / Sonic Youth


Sonic Youth(1982年リリース)
①The Burning Spear ②I Dreamed I Dream ③She Is Not Alone ④I Don't Want To Push It ⑤The Good And The Bad
以下CD追加曲 ⑥Hard Work ⑦Where The Red Fern Grows ⑧The Burning Spear ⑨Cosmopolitan Girl ⑩Loud And Soft ⑪Destroyer ⑫She Is Not Alone ⑬Where The Red Fern Grows

「いちばん好きなバンド」と聞かれれば俺は大抵ソニック・ユースと答えてきた。1988年にインディー時代の大傑作『デイドリーム・ネイション』を訳もわからず買って聴いて以来、常にリアルタイムで聴いてきた数少ないバンドだからだ。1990年にはメジャーレーベルのゲフィン・レコードへ移籍し、それを機に俺も彼らのレコードを集めるようになったのだけど、このデビュー・アルバムを聴くことができたのは再発された2006年になってからだった。聴き始めのころには何度かレコード屋でこのアルバムを手に取っているが、その時には買わなかったのだ。そのために聴けるようになったのが10年以上も待つことになるとは・・・。

ソニック・ユースは1981年にサーストン・ムーアとキム・ゴードンによってに結成された。これは何でも同年の6月にニューヨークで行われたポスト・ノー・ウェイヴ系のアーチストたちによるイベント「Noise Fest」に出演するための即席バンドらしく、同じイベントに別のバンドで出演していたリー・ラナルドが加入していなかったら果たしてグループはその後も存続していたのか謎である。このイベントの音源を聴いてみると曲としての体裁はあまりなく、即興的なノイズパフォーマンスに終始しているが、7月ぐらいからは徐々に固定の曲が出来ていたようで、このアルバムは12月に録音をしている。そして当時のポスト・ノー・ウェイヴの中心的な存在でもあったグレン・ブランカの興したNeutral というレーベルからリリースされたのがこの"Sonic Youth"だ。このアルバムは後に彼らが所属するSSTレコードから再発されたり、イギリスでの配給先であるBlast First からも再リリースされたことがある。俺が店頭で見たのはきっとそのどちらかのレーベルからのものだっただろう。その時には買わずに後に中古盤で見かけたときは9800円という値段がついていた・・・。

2006年になってようやくゲフィンから再発された際には、1981年9月のライヴ音源がボーナストラックとして追加された。それはすなわちこのアルバムを録音するよりも前の時期のライヴであって、このアルバムに至る行程も垣間見える。まず⑥は④のプロトタイプで、⑦は②のインストゥルメンタル・バージョンとなっている。⑩は⑤の後半部分だし、しかもこれらのライヴは断片的にかつて彼らがカセットからリリースした"Sonic Death"に収録されているものと同じだった。これらのライヴ音源も踏まえつつこのアルバムを聴くと、すでに軸となる音が出来上がっていて、それは後年も変わっていないというのがよく分かる。ただ、彼らの特徴でもある変則チューニングがこのアルバムからは感じられない気がするのだがどうなんだろう?俺はあまり楽器のことになると分からなくてなんとも言えないが。だから2枚目の"Confusion is Sex"を初めて聴いた時の難解な感じが、このアルバムからは感じられずむしろ聴きやすい。しかしどうせならボーナストラックとしてこのアルバムのカセットテープ盤のB面に入っていた①から⑤までの曲を逆転再生したトラックを入れて欲しかった。曲名まで"raepS gninruB ehT"みたいな表記だったみたい(もちろん文字も逆)。

ところでソニック・ユースのディスコグラフィを作ろうと思うと、これほど手間のかかるバンドはいないのではないだろうかと思う。オフィシャル・ブートレグを数多くリリースし、当時のインディー・レーベルのコンピレーションに曲を提供したり、それをレーベルからリリースしたり、個人でリリースしたりと、80年代の彼らはかなり好きにやってきたと思う。ゲフィン・レコードに移籍してからもその自由を得ることができたがそれまでほど活発ではなく、せいぜいSYRシリーズぐらい。だが、そういう自由なやり方があるということを教えてくれたのがソニック・ユースであり、多くのミュージシャンにも影響を与えているのは間違いない。サーストンとキムの夫婦が離婚してしまったことで今はバンドとしての活動が止まってしまったが、それでも解散などと宣言しないで、かつてのように変なレコードを量産してほしいと思ってしまう。(h)

【イチオシの曲】I Dreamed I Dream
まるでテレヴィジョンの"The Dream's Dream"へのオマージュのようなタイトルだが、もともとインストゥルメンタルだった曲に歌詞というよりは言葉をのっけただけのこの曲は初期の中でもかなりクオリティが高いと思う。ゲフィン・レコードからインディ時代のアルバムのベスト盤が出た時に、まだCD化されていなかったこのアルバムから唯一収録されたことからもその評価が窺がえる。

2012年12月9日日曜日

ザ・ブーム / ア・ピースタイム・ブーム


THE BOOM / A PEACETIME BOOM(1989年リリース)
①CHICKEN CHILD ②SUPER STRONG GIRL ③都市バス ④きっと愛してる ⑤星のラブレター ⑥君はTVっ子 ⑦おりこうさん ⑧不思議なパワー ⑨雨の日風の日 ⑩ないないないの国 ⑪虹が出たなら

自分自身がなぜこれほど音楽が好きになったのかはよくわからない。ただひとつだけ言えることは、音楽好きになったお陰でこれまで様々な出会いがあったし、今ここにどうしようもない文章を書いている。ところで、ついさっきまで俺の成長過程において家族からの音楽的影響は全くないと思っていた。だがしかし今回この文章を書くにあたりよくよく考えてみると、このザ・ブームは二児の母になった今も福山雅治のファンでコンサートにも通う姉から教えてもらったことを再認識した。この場をお借りして姉に謝辞を述べさせていただきたい。ありがとう。でも、この感謝の言葉は決して本人に伝わることはないだろうし、直接伝えるつもりもないから気にしないで。

俺が中学生の頃に姉がカースレテオで流してたテープに入っていた②や⑥は、そこで歌われる歌詞こそ意味不明だったが、そのリズムとキャッチーなメロディでイッパツで好きになった。当時は既に3rdアルバム『JAPANESKA』が発売されていて、姉に借りた1stから3rd、ミニアルバム『D.E.M.O.』の4枚のCDをテープにダビングし繰り返し聴いた。2ndアルバム『サイレンのおひさま』収録の「なし」や、3rdアルバム収録の「過食症の君と拒食症の僕」あたりのコミックバンド的というか、ラブソングを歪曲した表現の歌詞がまだウブな俺にはたまらなく新鮮で刺激的だった。非リアの俺からすればチャートに入るような曲にハメ込まれた「愛」だの「恋」だのいう歌詞には全く共感することができず、疎外感しかなかったからだ。それでも「愛」や「恋」のことをストレートに歌っている④や⑤、⑪の歌詞は抵抗なく入ってきた。あばたもえくぼってヤツか。全然違うか。

矢野顕子とコラボするなど順調にステップアップしていったザ・ブーム。3rdアルバムでワールドミュージックというか沖縄的な表現を取り入れるようになり、4thアルバム『思春期』収録の「島唄」で大ブレイクする。しかし俺の好きなザ・ブームの要素は、俺がイメージする「ホコ天」や「軽音楽部」的なスカっぽいリズムと軽やかなギターによるサウンド、そしてそのどうしようもない歌詞だった。③や⑦の歌詞も、理解できそうで理解できない加減がツボにはまった。これらの要素がいい塩梅に詰め込まれていたのがこの1stアルバム『ア・ピースタイム・ブーム』およびそれに続く2ndアルバム『サイレンのおひさま』だった。

ザ・ブームは「島唄」のヒットのお陰で紅白歌合戦出場を果たすまでになるが、一般的には「一発屋」で終わってしまったように思う。一方、俺はといえばちょっと説教臭い歌詞が耳につくようになり、俺の光岡ディオンを奪ったことが決定打となってザ・ブームを聴くことはなくなった。それと前後して、よりどうしようもないことを歌っているメタルに走ることになる。そもそも英語をヒアリングできない時点でメタルに限定されないが。

俺は今でも初期の作品を聴くことはあるが、冒頭に紹介した姉どうだろうか。俺の記憶が確かなら姉は当時、男闘呼組の大ファンで部屋は前田耕陽のポスターだらけだった。なぜ姉がザ・ブームを聴いていたのか未だによくわからない、という謎を残しこの文章を締めさせていただく。この疑問は決して本人に伝わることはないだろうし、直接伝えるつもりもないから気にしないで。(k)

※この文章には一部誇張が含まれています。
※Amazon.co.jpで探したんですが、廃盤のようです。
Wikipediaによると2005年には紙ジャケ&リマスターで再発されているようです。

2012年11月11日日曜日

ガンズ・アンド・ローゼズ / アペタイト・フォー・ディストラクション


Guns N' Roses / Appetite for Destruction(1987年リリース)
①Welcome To The Jungle ②It's So Easy ③Nightrain ④Out Ta Get Me ⑤Mr. Brownstone ⑥Paradise City ⑦My Michelle ⑧Think About You ⑨Sweet Child O' Mine ⑩You're Crazy ⑪Anything Goes ⑫Rocket Queen

1991年。それはCDのレンタル禁止期間が1年となった年らしい。記憶があやふやで時期が定かではないが、それと前後してレンタルビデオ屋の店頭には「洋楽CD解禁」みたいなポスターが貼られていたのを思い出す。その頃、その店頭で俺が初めて手に取った洋楽CDがガンズ・アンド・ローゼズの『ユーズ・ユア・イリュージョンⅠ』であった。残念ながら、なぜ俺がその作品をレンタルしようという結論に達したのかは思い出せずにいる。借りてきた『ユーズ~』を、買ったばかりのビクターのミニコンポMEZZO(イメージ・キャラクターに高岡早紀を起用)で再生する。ダフのベースに始まり、スラッシュのギターが絡んだ後のアクセルの金切り声を一聴し、雷が落ちたような衝撃を受けるようなこともなく。74分のメタルテープ(TYPE IV)にダビングし、買ったばかりのウォークマンを身に着け、片道50分の通学路で自転車を漕ぎながらひたすら繰り返し聴いた。これが俺とガンズ・アンド・ローゼズ、ひいてはハードロックとの出会いだった。

1991年といえば、ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』、マイ・ブラッディ・バレンタインの『ラヴレス』、ティーンエイジ・ファンクラブの『バンドワゴネスク』、メタリカの『メタリカ』(通称ブラックアルバム)といったロックの傑作がリリースされ、これ以外にも枚挙に暇がない。俺がこれらのアルバムを聴くのはもう少し後のことだが、『ユーズ~』および『ユーズ・ユア・イリュージョンⅡ』はほぼリアルタイムで聴いていたことになる。そして、この文章の主題であるガンズ・アンド・ローゼズの1stアルバム『アペタイト・フォー・ディストラクション』がリリースされたのはそれより遡ること4年ほど前。完全に後追いだった。

友人が「リップルレーザーのような」と形容したスラッシュのギターで始まる①は、2002年のサマーソニックでも1曲目に演奏された。残念なことにそれを奏でていたのはスラッシュではくバケットヘッドという変人だったが、それはそれで甚く興奮した。「悦子の母乳だッ!」を生で聴けて幸せだった。そうそう、このアルバムのスゴいところのひとつは、テレビ朝日の番組「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」で採用されたネタの宝庫なのだ。②の「足を刺されりゃそりゃ痛てえっす♪」、③の「あっ、何ですか?」、「タマキン蹴ったっ!」、⑤の「兄貴の位牌♪ヤクザ!」などの作品が生み出された。また、ネタとしてだけでなく、高性能なハードロックのアルバムとしても大変素晴らしい。このアルバムは、現在でもライヴで演奏される多くの代表曲を収録し、①、②、③、⑥、⑨がシングルカットされるなど、1stにして完成されてしまった感すらある。特に⑨は、そのリフが現在でも高く評価されている。差し替えられた現在のジャケットも、このバンドのマスターピースとしてふさわしい出来だと思う。そこに描かれたメンバーは代わってしまってはいるけれども。

ガンズ・アンド・ローゼズは、所謂ヘアメタルと揶揄される多くのバンドの延長線上に居ることに間違いはないが、ハードロックやヘヴィメタルという型に収めるには抵抗がある。上手く言葉にできないが、一つだけ例を挙げさせてもらえば、日本の音楽誌BURRN!とロッキング・オンの両方の表紙を飾ったことがあるアーティストはガンズ・アンド・ローゼズくらいではないだろうか。

デビューから90年代前半までのガンズ・アンド・ローゼズは、ロックスター然とした退廃的な私生活や、音楽そのものがハードロックという範疇から外れる事はなかった。しかし、アルバム2枚同時リリースや、ボブ・ディランからミスフィッツまで多くのカバー曲を発表するなど、その挑戦的な態度は産業ロックからは一線を引く存在ではあった。その一方、セックス・ドラッグ・ロックンロールを地で行くメンバー同士が、バンド内で平穏な関係を維持するのは困難だと想像に難くない。実際、短い期間にメンバーチェンジを繰り返し、現在はアクセル・ローズのソロプロジェクト状態である。バンドは完全に機能不全に陥り、『ユーズ~』に続くオリジナル・アルバム『チャイニーズ・デモクラシー』をリリースするのに17年もの時間を要したが、過去のようなヒット作にはならなかった。スラッシュも音楽活動を継続してはいるが、ライヴではガンズ・アンド・ローゼズの曲を演奏するなど、過去の遺産に頼っている部分はある。

90年代初頭には、グランジ/オルタナティヴのムーブメントに飲み込まれ、化石の烙印すら押された感のあるガンズ・アンド・ローゼズ。94年にはカート・コバーンの死でそのムーブメントも一区切りがついた。それから20年近く経った現在でも、アクセルをはじめとするメンバー達は今も不良なオッサンとして活躍している。「消え去るより、燃え尽きた方がいい」なんてことはなく、懐メロになろうがカッコ悪かろうが生きてる方がいいと、俺は思う。(k)

2012年10月28日日曜日

ドナルド・フェイゲン / ナイトフライ


Donald Fagen / The Nightfly(1982年リリース)
①I.G.Y. ②Green Flower Street ③Ruby Baby ④Maxine ⑤New Frontier ⑥The Nightfly ⑦The Good Bye Look ⑧Walk Between Raindrops

音楽雑誌で名盤を紹介するとよく「何百回聴いたかわからない」という表現を目にする。若い頃はそんな大げさなと思ったが、40歳も越えてくるとその表現がいよいよ本当になってくるものだ。俺にとってはスティーリー・ダンの『ガウチョ』、そしてドナルド・フェイゲンの『ナイトフライ』の2枚がまさにそれで、毎年平均20回聴いているとして24年ぐらい、500回前後は確実に聴いていると思う。

『ナイトフライ』はスティーリー・ダン(以下SD)が活動停止をした2年後の1982年にリリースされた。SDと同じように一流のスタジオ・ミュージシャンを使い、ゲイリー・カッツがプロデュースし、ロジャー・ニコルスがエンジニアを務め、フェイゲンが歌う。当時その音ははSDそのものと言われていたし、確かに『エイジャ(彩)』や『ガウチョ』と聴き比べても差異はあまり感じない。唯一の違いはSDの楽曲の歌詞が持つ「毒」がないことだ。独特の皮肉だったり、捻くれた世界がここにはない。やはりウォルター・ベッカーがいてこそのSDだというのを改めて認識させてくれるが、先に述べたような一流の豪華ミュージシャンによる音ばかりに注目してしまうのは仕方が無いことかもしれない。

しばしばその音をして「都会の夜に似合う」とか「大人の音楽」と形容されているのを見かけるが、それは俺は違うと思っている。むしろ郊外に住む普通の若者のための音楽だと思う。なぜならブックレットにはフェイゲンによる言葉が添えられていて「このアルバムに収められている作品は、5~60年代にアメリカの郊外で育った若者が抱いていたある種のファンタジーをテーマにした」と書かれている。そして歌詞を見ても②では山の手の住宅街が舞台であったり、④では若い男女がSuburban Sprawlという郊外の住宅政策について意味を見出そうと話してみたり、タイトル曲の⑥は寝静まった真夜中にラジオから流れてくるクールなジャズとDJのしゃべりに身を任せている情景が歌われている。よくあるAORという音楽でイメージされるオシャレで煌びやかな都会の風景とはまるで違う。

このアルバムがリリースされてから30年以上が経つが、今でも聴き継がれているのはただ単に参加ミュージシャンが凄いとか、AORの名盤(そもそも俺はAORだなんて思ったことがない。ロック・アルバムだ。)だからという理由だけではないと思う。③のカバー曲や⑧が持つオールディーズ的な雰囲気や、そして哀愁漂う⑦などがいつ聴いても「懐かしさ」を感じさせてくれるからではないだろうか?「三丁目の夕日」なんて映画があったが、まさにアレみたいな感じと言ったら言い過ぎだろうか?俺は50年代に生きてはいなかったけど、このアルバムを聴くと時々そう思ったりするわけだ。で、矛盾してしまうが、その割にはこのアルバムに古臭さがないのはやはりその音の素晴らしさなんだと思う。ちなみに各曲に参加ミュージシャンのクレジットがあるが、ドラムは主にロジャー・ニコルズが開発した「ウェンデル2」というサンプリングマシンに録音した音をプログラムして使用していたらしい。だから①や⑤をよく聴くとそのリズムの正確さが目立っている。

ところで、SDのアルバムは本人たちによるリマスターがされているが、フェイゲンのこのアルバムは未だにリマスターがされない。一度は発売日までアナウンスされたにも関わらず幻となってしまっているのは何故なんだろうか・・・。SDのアルバムがリマスターされた時は、それまでのマスターとの違いにかなり驚いたから、期待し続けてもう10年以上は経つんだけど・・・・。(h)


【イチオシの曲】The Nightfly
アルバムのジャケットのラジオ局のDJに扮するフェイゲンとシンクロするのがこの曲。サビでラジオ局のジングルのように歌う"WJAZ"ってところが聴きたくてこのアルバムを何度も繰り返してしまう。ラリー・カールトンのギター・ソロも最高。この曲から次の"The Goodbye Look"への流れがアルバムのハイライトだと思う。

2012年10月21日日曜日

ザ・スタイル・カウンシル / カフェ・ブリュ


The Stlye Council / Cafe Bleu(1984年リリース)
①Mick's Blessings ②The Whole Point Of No Return ③Me Ship Came In! ④Blue Cafe ⑤The Paris Match ⑥My Ever Changing Moods ⑦Dropping Bombs On The Whitehouse ⑧A Gospel ⑨Strength Of Your Nature ⑩You're The Best Thing ⑪Here's One That Got Away ⑫Headstart For Happiness ⑬Council Meetin'

1984年当時、ポール・ウェラーとミック・タルボットがロードバイクでひたすら走っている"My Ever Changing Moods"のプロモーション・ビデオを何度も見た記憶がある。同じような経験は俺と同年代の人に多いことだろう。当時は新人ミュージシャンなのかと思っていたが、スタイル・カウンシルはザ・ジャムを解散させたポール・ウェラーが次に組んだバンドだった。

20歳の頃、当時付き合いのあった友人の家に行って酒を飲むと、ビートルズの話から始まり、スタイル・カウンシルの話で終わるということが度々あった。ジャムではもはや表現できなくなった音楽をやるためポール・ウェラーが次に始動したのがスタイル・カウンシルで、音楽的に変化はあってもウェラーの主張や怒りはジャム時代となんら変わっていないと、奴は何度も力説してくれた。その頃スタイル・カウンシルは落ち目のころで、初期を「オシャレ」と言って聴いている奴ら(特に女)が気に入らない、だったら『コンフェッション・オブ・ア・ポップ・グループ』も聴けよとくだを巻いていた。そう言われると確かにスタイル・カウンシルを「オシャレ」な音楽としてもてはやす風潮があったし、当時の同じクラスにいた女も「オシャレで最高」とケタケタ笑いながら言ってたことも思い出した。奴と疎遠になってしまってから俺はようやくこの『カフェ・ブリュ』を聴いた。だがしかし2回か3回は聴いたものの、俺にはどうも馴染めないものだったことを知った。どう攻略すればいいのか分からなかったのだ。奴に教えを請いたいと思ったぐらいに。

アナログでのリリース当時は①から⑦までがA面にあたるのだが、このA面が俺には曲者だった。①はタイトルどおりミック・タルボットによるピアノによる小品、③はカリブっぽいジャズで、④はムーディなスロー・ジャズのような曲、⑦はハードバップ風と、4曲がインストゥルメンタルで、②⑤⑥のヴォーカル曲もいまいちつかみ所がなかった。⑤などはエヴリシング・バット・ザ・ガールのトレイシー・ソーンが歌っているからなおさらに。そして致命的なのが⑥だった。中学生の時にPVで見た軽快な曲ではなく、ピアノの弾き語りという、言うなれば別バージョン。B面にあたる⑧以降はラストを除いてはヴォーカル曲ではあったが、前半の幅広すぎる音楽性に戸惑ってしまった俺はこれを克服するのに15年ぐらいかかってしまった。アルバムのジャケットとこれらのジャズやソウルをベースにした音楽性は「クール」というに相応しく、それが当時は「オシャレ」という表現でスタイル・カウンシルはその出だしから日本では好評だった。俺の記憶では2枚目の『アワ・フェイバリット・ショップ』の頃が最もオシャレと言われていたんじゃなかっただろうか?なお、このアルバムの前には"Introducing"というミニ・アルバムが出ているが、これは『カフェ・ブリュ』の前に出ていたシングルなどを集めたもので、イギリス以外の国で出たものなので1stアルバムとはカウントしていない。そう、スタイル・カウンシルはシングルとアルバムは別物というスタイルをとっていて、だから⑥もここではピアノの弾き語りなんだなと今では納得してしまう。

しかしこれじゃまるで俺はこのアルバムをけなしているかのようだが、まったくそうではなくむしろ好きなアルバムである。90年代にもなるとクラブ・ミュージックが台頭しはじめてきて、ジャズやブーガルー、ラテンなどをミックスした音源がいくつも出てきたが、そういうのを通過してきた後に『カフェ・ブリュ』を聴くと、これはそれらの先駆けのように思える。当時のポール・ウェラーの佇まいなんかも後の日本の渋谷系の連中も影響うけてるだろなんて思ったりするし、つまり今こそもっと再評価されてもいいんじゃないかと思っている。今では80年代は嘲笑の対象となることが多いが、お前らしっかり影響されてんだよとも。

ポール・ウェラーの最も尖がっていた時期はスタイル・カウンシルの頃だ。世界中の音楽に目を向け取り入れようとする挑戦もしていたのに単なる「オシャレ」という言葉で片付けてる奴らは何も聴いちゃいない、俺の当時の友人はそんなこともよく言っていた。お互い学校を卒業してからは疎遠になってしまったが、いま奴はどこで何をしているんだろう?今も誰かに同じようなことを話しているなら俺は安心だけどね。(h)

【イチオシの曲】You're The Best Thing
個人的にはこのアルバムで最も安心して聴ける曲。というのも、スタイル・カウンシルのイメージが俺の中ではこの曲に集約されているから。これと⑥のシングル・バージョンがイメージを決めてしまったからアルバムで大いに戸惑ったに違いない。

2012年9月30日日曜日

ロバート・プラント / 11時の肖像


Robert Plant / Pictures at Eleven (1982年リリース)
①Burning Down One Side ②Moonlight in Samosa ③Pledge Pin ④Slow Dancer ⑤Worse Than Detroit ⑥Fat Lip ⑦Like I've Never Been Gone ⑧Mystery Title

ビッグ・ネームなバンドに所属していた人がソロ・アルバムを出せば、そのバンドと比較されてしまうのは必然だと思う。ロバート・プラントもきっと間違いなく比べられただろうけど、相手がレッド・ツェッペリンというのはどうにも分が悪いような気がする。いや、そのツェッペリンのヴォーカリストなのだから分が悪いってことは無いかもしれないが、それにしても、ロックの歴史にその名を残すバンドのヴォーカリストがそのバンド無き後に出すアルバムなのだから、期待されないわけがない。

レッド・ツェッペリンは1980年9月25日にドラムのジョン・ボーナムを亡くしたことで、その年の終わりに解散を発表した。ここは俺はリアルタイムではないからその時の驚きなどはよく分からないが、ボンゾの死やバンドの解散はさぞかし大きなショックを世界中に与えただろうと想像する。それから約1年半してからギターのジミー・ペイジは映画「ロサンゼルス(原題:Death Wish II)」のサントラをリリース。しかしインストゥルメンタル主体の、しかもサントラということでツェッペリンとはかけ離れた内容には多くのファンが満足いかなかったと思う。そして1982年6月に発表されたのがロバート・プラントの『11時の肖像』だった。

俺がロバート・プラントという人を知ったのは1983年のこと。2枚目の『プリンシプル・オブ・モーメンツ』からシングル・カットされた「ビッグ・ログ」という曲がスマッシュ・ヒットを記録していた頃だった。哀愁漂うミドル~スローなテンポのこの曲のプロモーション・ビデオを何度も見た記憶がある。たぶんこの時はまだこの人がレッド・ツェッペリンのヴォーカルだったとは知らなかったような気がする。何せ俺がツェッペリンを聴きだしたのはその2年後ぐらいだったから。それまでは単なるベテラン・シンガーってぐらいの認識だったかもしれない。後にツェッペリンを聴くようになり、彼の最初の2枚のアルバムがかつてのバンドの音に近いと思うようになったのはもっと後になってからだ。

『11時の肖像』はロバート・プラント名義で出ているが、もしレッド・ツェッペリンが80年代も活動していたらそのままツェッペリンの新しいアルバムとして出ていたのではないかと思いたくなるほど、後期のアルバム(『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』)に近い音だ。特にリズム面をフィル・コリンズやコージー・パウエルという、ハードロックにも通じるタイプのドラマーを使うところなんかは、ロバート自身もツェッペリンを意識したのではないかと思う。特にコージー・パウエルが叩く④なんかは「カシミール」あたりを彷彿とさせる。しかし彼はツェッペリンを意識しつつも、その焼き直しになるようなことはやってこなかった。最初の2枚のアルバムの後にツアーも行っていたが、すべてソロの曲ばかりで、きっとほとんどの聴衆が求めるツェッペリン・ナンバーは1曲もやらなかったそうだ。あくまでも彼の描くロック・ミュージックがその後のアルバムも含めてあるように思える。しかし全体的には地味なアルバムで、やはりツェッペリンと比べてしまうのが人の性というものだろうか。

だってね、この同じ年にはレッド・ツェッペリンの『最終楽章(コーダ)』が解散後のアルバムとしてリリースされちゃってるんだよ、絶対にこれと比べちゃうし、どうしたってそっちのほうが良いに決まってるだろう。あまりにもビッグ・ネーム過ぎるんだよ・・・。(h)

【イチオシの曲】Fat Lip
いちばん目立つ曲は④なんだけど、俺はFMの番組でこのアルバムの曲で最初に聴いたのがこれで、すごくカッコいいと感じた。ツェッペリンの看板が無かったらもっと違った形で売れていたんじゃないかなと思う。いや、十分ヒットしましたよ、特に最初の2枚のアルバムは。


2012年7月29日日曜日

ザ・ストーン・ローゼズ / ザ・ストーン・ローゼズ


The Stone Roses / The Stone Roses (1989年リリース)
①I Wanna Be Adored ②She Bangs the Drums ③Waterfall ④Don't Stop ⑤Bye Bye Badman ⑥Elephant Stone ⑦Elizabeth My Dear ⑧(Song for My) Sugar Spun Sister ⑨Made of Stone ⑩Shoot You Down ⑪This Is the One ⑫I Am the Resurrection ⑬Fools Gold

青春時代にメタルとグランジの洗礼を受けてしまった俺は、自分とは正反対のスタイリッシュな英国産の音楽を毛嫌いし、泥臭い米国産の音楽の方を好んでいた。その傾向は今でも変わらないが、ロッキング・オンに掲載される情報を有難く拝見していた90年代後半には、ストーン・ローゼズが崩壊していく様を活字と写真で認識していたし、ソロ活動に転向したイアン・ブラウンの99年の来日公演を恵比寿で見ている。その公演のアンコールで演奏された「サリー・シナモン」が俺にとっての初めてのストーン・ローゼズだった。この時、1stアルバム『ザ・ストーン・ローゼズ』が発売されてから既に10年が経っており、ストーン・ローゼズを始めとするマッドチェスターと呼ばれるシーンに対して俺は全くの後追いだった。

その後何度もストーン・ローゼズ再結成の噂が浮上しては否定されてきたが、1stアルバム『ザ・ストーン・ローゼズ』発売から20年以上が経過した2011年、ついに噂が現実となる。長い沈黙を打ち破り活動を再開したマイ・ブラッディ・バレンタインと同様に、このニュースに歓喜した方々は相当数に上るだろう。この再結成に伴うワールドツアーの一環としてフジロック・フェスティバル'12の1日目(7月27日(金))のトリとして登場することが発表された。そしてその7月27日、苗場では数多くの参加者がストーン・ローゼズのTシャツを身に着けており、オフィシャルグッズの販売所では早々にストーン・ローゼズのTシャツが売り切れているのを目の当たりにした。そしてその日の演奏には様々な想いがあっただろうが、10年以上待ったファンに笑顔と感動を与えてくれるものであったに違いない。

今回のストーン・ローゼズのワールドツアーで演奏される楽曲は、ほとんどがこの『ザ・ストーン・ローゼズ』に収録されているもので構成されている。このアルバム1曲目を飾る①は、フジロック・フェスティバルのセットリストでも1曲目に演奏され、本来のアルバムの最終曲であった⑫は、同様にセットリストの最終曲として演奏された。アルバム『ザ・ストーン・ローゼズ』は何度かのリイシューで収録される楽曲にいくらかの違いがあるが、楽曲そのものだけでなくアルバムの流れ、構成も素晴らしいのだ。聴いた人の心だけでなく身体をも揺さぶるグルーヴとメロディがここにあり、ロックでも踊れるということを再認識させてくれる。また、今回の再結成に便乗してこのアルバムに関する本も出版された。2枚のオリジナル・アルバムしかリリースしていないにもかかわらず、この本はストーン・ローゼズというバンドに主眼をおいたものではなくあくまでアルバム『ザ・ストーン・ローゼズ』をフィーチャーしているのだ。このアルバムが後の英国の音楽に与えた影響は計り知れず、20年以上経過した今でも重要な作品として注目され続けている。

レーベルとの確執やメンバー間の不和などにより、バンド自身が『ストーン・ローゼズ』に封じ込めたのと同じマジックが使えなくなり、続く2ndアルバム『セカンド・カミング』は商業的成功を収めることができず、新たなマジックが生まれることもなかった。解散後のメンバーはそれぞれ様々な音楽的活動を続けたが、誰もストーン・ローゼズ以上のマジックを生み出すことはできなかった。完全に後追いの俺がこのアルバムを語るには体験や思い入れが少なすぎるかもしれないが、レニとマニのリズム隊によるグルーヴと、唯一無二のイアンのヴォーカルが歌いジョンが奏でるメロディの組み合わせが生み出すマジックの存在はこのアルバムが証明してくれるし、今日の彼らのライヴでその演奏を聴けば感じることができるはずだ。楽曲そのものに宿ったマジックは今もなお顕在するし、今の時代にも通用するのだから。(k)