2013年3月24日日曜日
アヴリル・ラヴィーン / レット・ゴー
Avril Lavigne / Let Go(2002年リリース)
①Losing Grip ②Complicated ③Sk8er Boi ④I'm with You ⑤Mobile ⑥Unwanted ⑦Tomorrow ⑧Anything But Ordinary ⑨Things I'll Never Say ⑩My World ⑪Nobody's Fool ⑫Too Much to Ask ⑬Naked
現代のロックスターと言えば、誰のことを想像するだろうか。スーパースターでもギターヒーローでもなく、ロックスター。
ちょっと考えてみたけれども、適切な人が思い浮かばない。グルーピーをとっかえひっかえとか、ホテルの窓からテレビを投げ捨てるとか、薬漬けとリハビリ施設を往復するとか、27歳で死んでしまうとかをするような人を思い浮かべてみたが、どうもしっくり来ない。そもそもセックス・ドラッグ・ロックンロールなんていう感性が古い。
ロックの範疇からは外れるが、エミネム、あるいはジェイ・Zとかショーン・コムズとかはどうだろうか。あるいはレディ・ガガ。彼女はなかなかそれに近い存在ではないだろうか。あのような奇抜なルックスはほとんど宇宙人だ。でも、これらの人たちはギターをかき鳴らすわけでも、ギターを叩き壊すわけでもないわけで、スターやヒーロー(ヒロイン)というよりはセレブリティという方がしっくりくるかも。そもそもロック=エレキギターなんていう感性が古い。
もっと言えばロックスターという言葉を耳にして、ゲーム会社だったり、裏原宿系(?)のブランドのことを思い浮かべる人もいるかも知れない。憧れの存在としてのロックスターが不在しているというよりも、ロックスターという言葉を持ち出す感性が古い。時代遅れなのかもしれない。
アヴリル・ラヴィーンの歌う③('Sk8tr Boi'という綴りはテキストメッセージ文化に馴染んでいるデジタルネイティヴ世代を感じさせる)は、過去に振ってしまったスケボー少年が、気付けばスーパースターになっていたという女の子視点のストーリーが歌詞となっている。この曲は1stアルバム『レット・ゴー』からの2ndシングルで、フジテレビ系の朝の情報番組「めざましテレビ」でこのPVがちょこっと紹介されたりしたと記憶している。それにしても21世紀だというのに、パンク=スケーターとか、MTVでロックしてるとかなんか感性が古い。おいおい、ホントにこれ、十代の女の子が書いた歌詞なの?って思ったけど、制作にはプロデューサー集団ザ・マトリックスが絡んでるので正確なところはわからない。若い子が共感できる歌詞なのかホントに疑問だけれども、そのような価値観は世界各地ではまだ健在なのかもしれないし、曲がブレイクすることと歌詞の内容に相関関係はないのかもしれない。
そんなわけでザ・マトリックスというしっかりとした後見人が居るためか、そのクリーンで無駄に骨太なサウンドがとても心地良い。どこまで彼女の手によるものかはわからないが、売れ線気味の楽曲は全てクオリティが高い一方、良くも悪くも金太郎飴状態の曲を繰り返し聴くのは少々食傷気味だ。などと否定的な表現を使ってしまったがこれは褒め言葉で、彼女の恵まれたルックスを含め、この万人受けする要素がこれだけ揃っていることは本当に素晴らしいと思う。日本でももうちょっと売れてもよかったのではないだろうか。レコード会社のマーケティングに問題があったのではないかとすら考えてしまう。感性の古い俺になんて言われたくないと思うけど。
ザ・マトリックスは、コーンやリズ・フェアなどとの仕事が興味深い一方、バステッドやスカイ・スウィートナム、マクフライ、リリックスなどにも曲の提供やプロデュースをしているようで、アイドルに近いロックやポップスを専門としているようだ。今の時代(と言ってもこの作品がリリースされたのはもう10年以上前だが)、レコードをスクラッチさせる効果音とか部分的にラップを入れるとか当たり前になっているようで、今作でも聴けるこれらの装飾は個人的には余計にしか思えず好みじゃない。アヴリルにはいつか、売れ線プロデューサーの協力なしに荒削りなバンドサウンドのみで作った曲を聴かせて欲しいと期待してる。
アヴリルが同じカナダ出身のSUM41のフロントマンと結婚した時は、若くしてそう来るか!と思ったが、その次がニッケルバックのあのおっさんっていうのは驚いた。やはり彼女の感性は古いというか、ちょっとズレてるのかもしれない。(k)
2013年3月17日日曜日
デヴィッド・ボウイ / David Bowie
David Bowie(1967年リリース)
①Uncle Arthur ②Sell Me A Coat ③Rubber Band ④Love You Till Tuesday ⑤There Is A Happy Land ⑥We Are Hungry Men ⑦When I Live My Dream ⑧Little Bombardier ⑨Silly Boy Blue ⑩Come And Buy My Toys ⑪Join The Gang ⑫She's Got Medals ⑬Maid Of Bond Street ⑭Please Mr. Gravedigger
1990年にアメリカのライコディスクがデヴィッド・ボウイのアルバムの再発を始めた。俺もそれがきっかけで聴くようになったのだが、その時はてっきり『スペース・オディティ』が1stアルバムなのかと思っていた。「RCA時代のアルバム」という前置きがあったこともあるが、ほどなくして特集されたレコード・コレクターズ誌で実はその前にもう1枚あるんだよってのを知ったものの、ずっと軽視していてなかなか聴くことがなかった。そもそも『スペース・オディティ』が再出発となった1枚と言われてたことから、じゃあそれが1枚目でいいじゃんなんて思っていたものだからなおさら手を出さずいたのだ。
デヴィッド・ボウイは1960年代に本名のデイヴィー・ジョーンズの名前でグループを結成して音楽活動を始めたもののヒットに恵まれず、ソロになる際にデヴィッド・ボウイと改名し、デッカレコード傘下のレーベル「デラム」からデビューをした。最初にシングル2枚をリリースし、その後にリリースされたのがこのデビュー・アルバム『デヴィッド・ボウイ』で、シングルカットとして④もリリースされている。1967年という時期だけに、当時のブリティッシュ・ポップ色の濃い内容となっている。しかしこれがデヴィッド・ボウイの原点!と言っていいのかどうか、俺は正直迷っていた。しつこいようだが『スペース・オディティ』こそ原点と思っていたからだ。
このアルバムはほとんど話題になることが無く、デラムからも解雇されてしまうという憂き目に遭っているのだが、その一方でボウイはリンゼイ・ケンプのパントマイムに衝撃を受けて弟子入りをしたり、仏教にのめりこんだりしていくなかで徐々に自己のアイデンティティを確立し、RCAに籍を置くようになってからのフォーク色の強い初期、そしてグラム・ロック期へとなだれ込み一気に立ち位置を確立していく。やはりこの時期以降のインパクトが大きすぎて、デラム期のこのアルバムへの焦点はなかなか当たりにくいというのがある。唯一このアルバムとシンクロするのが60年代のヤードバーズやザ・フー、キンクスなどをカバーした1973年の『ピン・ナップス』ぐらいなんじゃないだろうか。しかしこのデビュー・アルバムに聴きどころがないのかと言えばそんなことはなく、時代を反映したサイケデリックな部分や演劇的な要素やストリングスを散りばめた楽曲たちはそれなりに個性があって面白い。
実はボウイは2001年ごろに、デビュー前の「埋もれた曲」をセルフカバーした"Toy"というアルバムをリリースしようとしていたが、レコード会社とすったもんだしてお蔵入りしている。その中には⑨も含まれていて、もしこのアルバムが正式にリリースされていたら彼のデビュー前後のことももっと語られていたのではないかと思うと残念である。結局は一部の愛好家がリークされたアルバムを聴いているに過ぎない(ごめん、俺も聴いているけど)。それはさておき、ボウイ自身がデビュー前の曲を蘇らせようとしていたのは事実だし、そう考えるとソロ・デビュー前からこのアルバムまでは原点というよりは原石なんじゃないかと思う。RCA時代のボウイの楽曲は発表された時点ですでに完成されていたのに対し、このアルバムの曲はアレンジのしようによってはもっと良くなるんじゃないかとかつい考えてしまう。
だけど俺はこのアルバムは「デヴィッド・ボウイ」というブランドというよりは、60年代のブリティッシュ・ポップのアルバムとして聴いているほうが断然楽しめるという結論に達しているので、RCA時代とどうこうとか、特にそんな比較はしていないというのが本音。散々そんなことを書いておいて最後に何を言ってるのかって感じだけど。(h)
【イチオシの曲】Love You Till Tuesday
邦題「愛は火曜日まで」というそのまんまのタイトル。
いかにも60年代って感じのこの映像は、後のドギツイ化粧をしたグラム・ロック時代のボウイと同じ人物とは思えない・・・。
2013年3月10日日曜日
ビョーク / デビュー
Bjork / Debut(1993年リリース)
①Human Behaviour ②Crying ③Venus As A Boy ④There's More To Life Than This ⑤Like Someone In Love ⑥Big Time Sensuality ⑦One Day ⑧Aeroplane ⑨Come To Me ⑩Violently Happy ⑪The Anchor Song
今年も7月に開催予定のフジロックフェスティバル'13に、ビョークがヘッドライナーとして登場することが発表された。遡ること15年前、ノストラダムスの大予言が差し迫った1998年、前年の天神山での失敗から会場を都内に移して開催されたフジロックフェスティバル'98。東京都の埋め立て地に建てられたステージにビョークが居た。もうひとつのステージにはイギー・ポップ。いつ見られなくなるかも分からないイギーのステージよりも、ビョークを選択した。未だイギーを肉眼で拝むチャンスに恵まれてはいないが、後悔はしていない。あれから15年経った現在も、ビョークもイギーもお元気そうで何よりです。
ビョークというアーティストに関する一番古い記憶は、音楽誌クロスビートに掲載されたリリー・フランキーのイラストだった。そこに添えられたコメントでフォトショップという言葉を知った。このイラストはビョークの1stアルバム『デビュー』のジャケットが、所謂パケ写詐欺ではないかというネタだった。
2ndアルバム『ポスト』に続いてリリースされたリミックスアルバム『テレグラム』では、荒木経惟の手による自然体で美しい姿をジャケットに飾った。3rdアルバム『ホモジェニック』のジャケットにおいては彼女の姿は完全にCGで描かれ、もうフォトショップによる編集レヴェルでは済まない領域に達していた。3rdアルバム収録の「オール・イズ・フル・オブ・ラヴ」のPVで、クリス・カミンガムの手によりロボットと化した2体のビョークが体を重ねる姿を見て、この人はビョークというキャラクター、記号なんだなということを強く印象付けられた。フォトショップで加工されていようがCGになろうがビョークはビョークという存在なのだと思うようになり、前述の疑惑など鼻クソみたいに小さい問題だと認識した。
このように視覚的に大変個性的なビョークだが、聴覚的にも彼女の歌う声、彼女が作る旋律は唯一無二。この1stアルバム『デビュー』ではプロデューサーにネリー・フーパーを迎え、ハウスなのかヒップホップなのかジャズなのかはわからないけど、この当時の最先端のサウンドにより構築されている。バックにどんなサウンドが使われていようと、そこに彼女の声とメロディが乗ると全ては彼女の世界に取り込まれ、ビョークというジャンルの音楽になる。リズミカルでダンサブルなサウンドと、誰にも真似できそうにないビョークの歌唱法との対比が興味深い。これだけ独創的なビョークのビョークたる感性と、ポピュラーミュージックとしてのキャッチーさ、普遍性が同居する違和感、不可思議さがたまらない。
この『デビュー』は、文字通りビョークがソロデビューしたアルバムという認識で良いと思うが、彼女がボーカルを取っていたバンド「ザ・シュガーキューブス」での活動以前にもアルバムを一枚リリースしている。そして現在に至るまで40年近くもの間、クリエイティブな活動を持続し続け、世界を相手に新しい音楽を発表し続け、そして成功を収め続けているのだ。前述の荒木経惟、クリス・カミンガムやネリー・フーパー、①のPVを手掛けたミシェル・ゴンドリーなど、コラボレートする相手を見極める彼女の慧眼も凄まじい。2000年にはミュージカル映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に主演し、音楽も担当。2004年発表の5thアルバム『メダラ』では、そのサウンドの全てを人の声で構築するなど新しい音楽に挑戦し続けるビョーク。過去の作品の二番煎じのようなことは決してしないが、ただ彼女の歌声があるだけでビョークの曲になってしまうのは本当に不思議だ。オンリーワンでナンバーワン。世界に一つだけの花なんてクソ喰らえ。
因みに、ビョークのパンモロ写真が表紙を飾った月刊誌Cutは今でも大切にしてる。(k)
2013年3月3日日曜日
ディーヴォ / 頽廃的美学論
Devo / Q:Are We Not Men? A:We Are Devo!(1978年リリース)
①Uncontrollable Urge ②(I Can't Get No) Satisfaction ③Praying Hands ④Space Junk ⑤Mongoloid ⑥Joko Homo ⑦Too Much Paranoias ⑧Gut Feeling/(Slap Your Mammy) ⑨Come Back Jonee ⑩Sloppy (I Saw My Baby Gettin') ⑪Shrivel-Up
かれこれ30年ぐらいはロックやらなにやらと音楽を聴き続けてきて耳も肥えてしまったせいか、かつての名曲がいかなるアレンジでカバーされようが大して驚かなくなってしまった。だけど10代の頃に②を聴いたときは、しばらくはまさかそれがローリング・ストーンズのカバーだったとは思いもしなかった。同名異曲だろうぐらい思っていたから後にカバーと知った時のインパクトと来たら相当のものだった。それを知ってからようやくストーンズの原曲と同じに聞こえたという、俺の耳は元の曲のイメージに縛られすぎだったわけなんだけど、1978年にこの曲がリリースされた頃だってきっと衝撃度は大きかったんじゃないだろうか?
俺は長らくこのバンドのことを「テクノポップの元祖」的な存在だと思っていた。雑誌などでもそう書かれることが多かったし、確かにそういう要素もある。②がきっかけでYMOはビートルズの「デイ・トリッパー」をテクノ風カバーにアレンジしたし、間違いなく影響を受けているであろうプラスチックスや、今だと電気グルーヴ(も、間違いなく影響受けていると思う)など、テクノ系のフォロワーが多い。そんな前提で俺はこの『頽廃的美学論』を聴いたのだけど、このアルバムだけを聴くとテクノ色は薄い。むしろニューウェイヴのバンドじゃないかとすら思う。①を最初に聴いたときはパンクを聴いているのかと。
もともとこのバンドは主要メンバーのうち2人が様々な機械から発せられるノイズをもとにパフォーマンスをするというアヴァンギャルドなことをやっていたらしく、当然誰も見向きもしなかったとか。それでもっと音楽的な方向へ向かうためにロックのフォーマットを取り入れ、その際にエレクトロニクス、つまりシンセサイザーも導入したというのが最初の頃だったらしい。そんな彼らのデモテープに興味を示したのがデヴィッド・ボウイとかイギー・ポップとか、ブライアン・イーノにロバート・フリップという、つまりボウイの「ベルリン3部作」のころに集まっていた人たちというのだから、これは必然的にイーノがプロデュースすることになるでしょうみたいな流れだったのかね。そんな感じがする。でもバンドのメンバーはイーノのプロデュースしたこのアルバムの出来にはちょっぴり不満だったらしい。
でも俺はそんなことはどうでもいいんだよね。とにかくこのアルバムは好き。①や②はもちろん、⑤はモンゴロイドってなんだよって感じだし、⑥はもはやクラシックみたいなもんだし、⑨のなぜかいきなりの女性コーラスとか。そしてメンバーのルックスも。赤い段々の帽子や黄色のつなぎでメンバー全員揃えたり、最初に見たときはこいつらイロモノ?と思ったものです。いま、今でも正直そう思っているよ、メインストリームなバンドではないから、今となっては若い人たちがこのバンドを知る機会って少ないと思う。で、いまこれを書きながら思ったけど、80年代終わりの日本のインディーズ・ブームで、ナゴムレコードの有頂天なんかはディーヴォのコンセプトに近いものがあったんじゃないだろうか。こうして今振り返ると、いま40歳以上の人間には意外と影響力が大きいバンドじゃないか。あの布袋寅泰も言ってたし「群馬でディーヴォは強力でしたよ」と!(h)
【イチオシの曲】(I Can't Get No) Satisfaction
本当は彼らのオリジナル曲といきたいところだけど、曲のインパクトを考えてこれ。これを最初に聴いてストーンズの曲?と気づいた人たちは大したもんだと思うよ。
2013年2月24日日曜日
ザ・ブリーダーズ / ポッド
The Breeders / Pod (1990年リリース)
①Glorious ②Doe ③Happiness Is a Warm Gun ④Oh ⑤Hellbound ⑥When I Was a Painter ⑦Fortunately Gone ⑧Iris ⑨Opened ⑩Only in 3's ⑪Lime House ⑫Metal Man
「ザ・ケリー・ディール6000」というバンド名が好きだ。ザ・ピクシーズの紅一点キム・ディールの双子の姉妹ケリー・ディールが、薬のリハビリ施設から出所した後に結成したバンドである。90年代中ごろ、音楽雑誌のレビューでその存在を知り、そのバンド名のインパクトのみで俺の脳の記憶領域の一部を占拠するも、未だにその音は聴いたことがないし、聴こうとするモチベーションもない。このまま順調に行けば、「6000」が何を意味するかも知ることなく俺は死んでいくのだろう。
ここまでで今回言いたかったことの半分は伝えられたと思う。ここからはおまけ的にザ・ブリーダーズの1stアルバム『ポッド』について書いてみる。本来ならブリーダーズのおまけがケリー・ディール6000のはずで、とか何とか言ってもディール姉妹にはどちらにせよ失礼なこと書きました。ゴメンなさい。
ブリーダーズは、キム・ディールと、スローイング・ミュージズのタニヤ・ドネリーにより、彼女たちのサイド・プロジェクトとして結成された。タニヤはブリーダーズが2ndアルバムをリリースするまでには脱退し、自身のバンドであるベリーに活動の軸を移していく。キムとタニヤは、ピクシーズやスローイング・ミュージズでは自分のやりたいことができない不満を解消するために自分のバンドを組み、その才能を世に知らしめた。その第一歩がこのブリーダーズの1stアルバム『ポッド』だった。
ブリーダーズと言えば、やはり名曲「キャノンボール」を収録した2ndアルバム『ラスト・スプラッシュ』が有名だろう。この頃には、冒頭紹介したキムの双子の姉妹であるケリーもブリーダーズの一員として参加している。スパイク・ジョーンズ(とキム・ゴードン)の手による「キャノンボール」のPVも素晴らしい出来栄えだ。オルタナ全盛期においても、これほど素敵なアルバムはそうそうあるものではない。そんな瑞々しい2ndアルバムに対し、この1stアルバム『ポッド』はより内向的であり、乾燥気味な堅めのサウンドがたまらない逸品になっている。その主犯はもちろん、ピクシーズの1stアルバム『サーファー・ローザ』も手掛けたスティーヴ・アルビニだ。
ブリーダーズを初めて聴くという方には、誰もが2ndアルバム『ラスト・スプラッシュ』を勧めるだろう。だがピクシーズの『サーファー・ローザ』やニルヴァーナの『イン・ユーテロ』なんかが好きでブリーダーズを未聴という方が居れば、是非この『ポッド』を聴いてみて欲しい。けど、決して万人に勧められるものではない。キムの歌は上手い下手かで言えば下手かもしれないけど、ちょっとうるさくて、とても自由で、魅力的。曲の構成はフラフラと好き勝手に展開するようでいて、フックがありポップ。一発録りしたようなバンドサウンドは、とてもシンプルでコンパクトで、数も多くない音の隙間具合がたまらなく気持ちいい。このちょっと物足りなさを誘う感じ、寂しい雰囲気や音作りは、スティーヴ・アルビニの手腕によるものだろう。
中でも俺が好きな曲はまず③。ブリーダーズのオリジナルの楽曲ではなく、ビートルズのカバーを選んでしまって申し訳ないんだけど、原曲よりも展開の強弱が極端でカッコいい。'Mother Superior jump the gun'と力強く歌い切った後、控えめのギターと、囁くように歌う'Happiness is a warm gun'のフレーズの余韻がたまらない。あとは⑧の泣きのギターとキムの声がとてつもなく好きだ。
冒頭、ケリー・ディール6000に関してこれ以上何かを知ることはないだろう、という趣旨のことを書いた。同様にブリーダーズについても、この『ポッド』のジャケットに写ってるものが何なのかを知ることなく俺は死んでいくのだろう。蛇足だが最後に、この『Pod』はニルヴァーナのカート・コバーンが自分の人生に影響を与えた一枚として取り上げていることを記しておく。(k)
2013年2月17日日曜日
フリートウッド・マック / ピーター・グリーンズ・フリートウッド・マック
Fleetwood Mac / Peter Green's Fleetwood Mac(1968年リリース)
①My Heart Beat Like A Hammer ②Merry Go Round ③Long Grey Mare ④Hellhound On My Trail ⑤Shake Your Maneymaker ⑥Looking For Somebody ⑦No Place To Go ⑧My Baby's Good To Me ⑨I Loved Another Woman ⑩Cold Black Night ⑪The World Keep On Turning ⑫Got To Move
学生の頃、貸しレコード屋で何を借りようかを物色しているときに、フリートウッド・マックのコーナーが目に入った。当時まだ『ミラージュ』しか聴いていなかったけど、彼らの音楽が好きだった俺は、何か借りようかなとレコードを引っ張り出してみると、出てきたのが女装をして驚いたような顔のしているオッサンのどアップ写真のジャケット。え?ちょっとちょっと、何このウザいオッサンのジャケット!とビックリした俺はそのレコードを戻したのは言うまでもない。当時は、前回のスティーヴィー・ニックスのところでも書いたけど、フリートウッド・マックというのは女性2人、男性1人のヴォーカリストを擁するポップ・グループだと思っていただけに、それに似つかわしくないジャケットに戸惑ってしまったのだ。それは『英吉利の薔薇』とタイトルのついたアルバムだった。
確かその直後ぐらいに知ったのだが、フリートウッド・マックのデビュー時はブリティッシュ・ブルースのバンドで、俺が知っているポップ・バンドとは全くの別物だったらしい。後にサンタナがヒットさせた「ブラック・マジック・ウーマン」のオリジナルをやってるとか、「アルバトロス」という曲がヒットしたということを知ったが、その頃はネットなんて無かったから、FMでオンエアされるのを待つか、レコードを買うしかなかった。でもそれらが入っている『英吉利の薔薇』はどうも買う気にはなれなかったから、結局初期のマックを聴く機会はないまま来てしまった。
その『英吉利の薔薇』というアルバムはアメリカ向けの2ndアルバムで、日本でのデビュー・アルバムでもあったのだが、イギリスで最初にリリースされたのが今回紹介する『ピーター・グリーンズ・フリートウッド・マック』なのである。ジョン・メイオールのブルースブレイカーズにエリック・クラプトンの後釜として加入したピーター・グリーンが、このグループ脱退の後に同じく脱退したミック・フリートウッドとジョン・マクヴィーらと新しく結成したのがフリートウッド・マックで、他のバンドで活動していたジェレミー・スペンサーを加えた4人でスタート。1968年という年はイギリスではブルースがブームとなっていたようで、このデビュー・アルバムも好評のうちに迎えられたとのこと。アルバム・タイトルからピーター・グリーンがリーダーのようだが、曲はグリーンとジェレミー・スペンサーがそれぞれ作り、他にはロバート・ジョンソンやエルモア・ジェイムスのカバーなどが収録されている。
この時期のブルース・ロックだと、例えばクリームみたいなインプロヴィゼーションが入っているのかと思ったが、そういうものはなく、グリーンとスペンサーによるギター・バトル的なものもない。割とシンプルな構成となっていて俺は聴きやすいのかなと思う。気に入っているのはスペンサーの曲中での「イエイ!」とか「アオッ!」みたいな掛け声とスライドギター。これが荒々しさを出していてカッコいい(①⑧⑩など)。一方でグリーンによる曲(②③⑥など)はブルースにプラスアルファをしたような、その時代の空気も加味されている印象を受ける。両者の個性の違いが分かりやすいが、アルバムの統一感はしっかりしていると思う。
グループは順調にスタートしたようだが、「アルバトロス」というブルースとは言えないインストゥルメンタルの曲がヒットしたことで徐々に変化が起こっていく。ピーター・グリーンが脱退し、さらにはジェレミー・スペンサーも失踪してしまう。ここからフリートウッド・マックはメンバーの入れ替わりを繰り返し音楽性もフォーク調やらポップなものに変化していく。時期によってまったく違うバンドなのがフリートウッド・マックで、バンド名にもなっているミック・フリートウッドとジョン・マクヴィーの2人がリズム隊として何十年もバンドを支えているところも面白い。俺はボブ・ウェルチ時代のアルバムを未だ聴いたことがないのだが、やはり押さえておくべきなんだろうね。言い忘れたけど『英吉利の薔薇』の女装オッサンって、ミック・フリートウッドなんだってね、最近知ったよ(ジャケ写真はタイトルをググってみてください)。(h)
【イチオシの曲】My Baby's Good To Me
スライドギターと粗い歌い方、ジェレミー・スペンサーのスタイルが気に入ってしまった。失踪したのはカルト宗教に入ったからとか言われているが、今も健在なのかな?
2013年2月10日日曜日
スティーヴィー・ニックス / 麗しのベラ・ドンナ
Stevie Nicks / Bella Donna(1981年リリース)
①Bella Donna ②Kind Of Woman ③Stop Draggin' My Heart Around ④Think About It ⑤After The Glitter Fades ⑥Edge Of Seventeen ⑦How Still My Love ⑧Leather And Lace ⑨Ouside The Rain ⑩The Highwayman
映画『スクール・オブ・ロック』で舞台となる小学校の、堅物な女校長がバーで流れる⑥に酔った勢いで踊りだし、若いころに観たスティーヴィー・ニックスのライヴが最高だったと話すシーンがある。俺はこのシーンが実によくできているなと思ったのだけど、今の40代50代の人、特にアメリカではスティーヴィー・ニックスの存在はかなり大きかったんじゃないかと思うからだ。70年代にフリートウッド・マックに参加し、瞬く間にバンドの看板的存在となった彼女は多くの人にとってはある意味青春だったんじゃないかと。俺も80年代では好きな女性シンガーのひとりだったし。
70年代初頭に、恋人だったリンジー・バッキンガムとバッキンガム・ニックスというデュオで活動していたが、彼らの曲を聴いたミック・フリートウッドが自身のバンド、フリートウッド・マックに誘い込んだ。話によると当初はリンジーだけに声がかかったそうだが「スティーヴィーも一緒じゃなきゃ入らない」と言ったとかで2人そろっての加入となったらしい。このことが無かったらきっとスティーヴィー・ニックスという人は日の目を見なかったことだろう。2人が入ったフリートウッド・マックは音楽性がさらにアメリカナイズされたことにより一躍スーパーバンドとなる。特に「妖精のような」と形容されたスティーヴィーはすぐにバンドの顔となり1977年の『噂(Rumors)』では大ヒットを記録した。その後、彼女はソロ・アルバム用のデモの録音を始め、2年かけて創り上げていったのがこの『麗しのベラ・ドンナ』ということになる。
このアルバムではフリートウッド・マックのメンバーはまったく関与しておらず、トム・ペティやイーグルスのドン・ヘンリーなどがゲストとして参加している。俺が最初に聴いた彼女のアルバムは2枚目の『ザ・ワイルド・ハート』と3枚目の『ロック・ア・リトル』で、いかにも80年代の打ち込みやシンセサイザーが入った流行りの楽曲が並んでいたが、このアルバムではオーソドックスなアメリカン・ロックを聴くことができる。その中でもロック・タイプの⑥は代表曲であって、俺もかつて「ベスト・ヒット・USA」で見たライヴ映像でこの人に惹かれてしまったことを思い出す。当時の彼女のルックスや衣装などを含め「妖精のような」と言われたその存在感に圧倒された。ついでにあのハスキー・ヴォイスというかダミ声にも(笑)。
しかしフリートウッド・マックのアルバムでは数曲しか聴けない彼女のヴォーカルに物足りなさを感じるのに、いざこうして彼女のソロ・アルバムを聴くと、クリスティン・マクヴィーやリンジー・バッキンガムの曲が恋しくなるのはやはりあのバンドの持つマジックというものなんだろうか?もちろん彼女にも才能があるのは分かっているけど、シングル・ヒットした③や⑧はそれぞれトム・ペティとドン・ヘンリーとのデュエット曲で、グループや共演者によってさらに輝く人なんじゃないかと思う。そう考えると、人間関係がぎくしゃくしていた当時のフリートウッド・マックを脱退しなかったのもそういうことだったのだろう。
ところで、やはりこれは触れておかないといけないと思うのだが、妖精のようなという形容詞は間違っていないし、実際に美しい人であると思うけど、あのハスキーというかダミ声ヴォーカルは何でそんな喉つぶれているのって思っちゃうし、マック時代はコカイン中毒で苦しんでいたなんて話を聞くと結構アバズレだったんじゃないかって思ってしまうよね。でも実はいいところのお嬢さんだったようだけど、そのバランスがまた唯一無二の存在となんじゃないかと思う。(h)
【イチオシの曲】Edge of Seventeen
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