2012年5月20日日曜日
ニルヴァーナ / ブリーチ
Nirvana / Bleach(1989年リリース)
①Blew ②Floyd The Barber ③About A Girl ④School ⑤Love Buzz ⑥Paper Cuts ⑦Negative Creep ⑧Scoff ⑨Swap Meet ⑩Mr. Moustache ⑪Sifting ⑫Big Cheeze ⑬Downer
1990年代初頭に一世を風靡したグランジ。その他の音楽カテゴリと同様、グランジという言葉を的確に定義することは難しい。当時はシアトルを拠点としているバンドというだけでグランジシーンの一部として取り上げられることも多く、ムーブメントの流れに便乗しようと遠路はるばるシアトルに移住してくるバンドすら居たという。
個人的な解釈では、ジャック・エンディーノにより、彼のスタジオであるレシプロカル・レコーディングで録音された当時のサウンドがグランジそのものであると考えている。ジャック・エンディーノの手により創りだされた独特のサウンドは、金銭的、時間的、技術的に限られた環境により必然的に生み出された部分も大きい。にも関わらず、後にフォロワーが登場しそのサウンドを拝借されるまでの存在になろうとは誰が想像できただろうか。同様に当時のバンドのメンバーたちの着の身着のままの古着からグランジファッションなるものが誕生し、高級なアパレルブランド製のネルシャツが登場するなんて悪い冗談にしか思えない。グランジの定義についてもうひとつ条件を付けさせてもらえば、シアトルのインディレーベル「サブ・ポップ」からリリースされた作品であるということも重要かもしれない。
この個人的な狭義のグランジという定義の条件を満たしている作品の一つが、ニルヴァーナのデビューアルバム『ブリーチ』である。ここに収録されているカート・コバーン(当時の綴りはKurdt Kobain)の作った楽曲たちは、大ブレイクしたメジャーデビューアルバム『ネヴァーマインド』に比べればポップではないし、音は汚く、演奏レベルもそう高くはない。しかし、初期衝動的な勢いに頼るだけでなく、人の心を惹くフレーズが必ず用意されている。
その中でも特に、他の重苦しい楽曲と比較して圧倒的にポップなメロディを持つ③は代表曲の一つといっても遜色ない出来栄えだが、大衆性を帯びたこのキャッチーさは保守的なインディペンデントシーンには難色を示す者も居ただろう。また、サウンドが一丸となってドライヴする⑦の歌詞'Daddy's Little Girl Ain't Girl No More'は、マッドハニーの曲「スイート・ヤング・シングス・エイント・スウィート・ノー・モア」のパクリだと非難されたこともあるらしい。デビューシングルのA面となった⑤は、ショッキング・ブルーのカバー。グランジやオルタナティヴといった言葉が一般的になる前の当時のシーンやレーベルは、ニルヴァーナがマッドハニー以上の存在になるとは考えていなかったようだ。
カート・コバーンは結局3枚のオリジナルアルバムを残して94年に自殺してしまう。『ネヴァーマインド』のブレイクでインディペンデントシーンからセルアウトしたと思われていることや、自分が敵視していた存在(教師やレッドネックといった歌詞に登場する人物たち)がニルヴァーナのファンになるという歪み、そしてその結果、自分の居場所がなくなってしまったこと。これらが自殺の原因の一部であろうことは想像に難くない。ファンの存在が負担になっていたとは、ファンにとってはとても悲しいことだ。売れたい/売れたくないという相反する感情、大衆性と芸術性の両立、他人の評価をいちいち気にしてしまうセンシティヴな人物にロックスターは務まらなかった。
このアルバムのリードトラックである①の終わりで繰り返される'You Could Do Anything'というフレーズ。この曲を聴く度に、俺にも何かできたんじゃないだろうかと自問自答してしまう。(k)
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